08.原点 5

「気味が悪いんだよ、あんたは」

 住む街は数年ごとに変わった。

 母親にそう言われたのは、父親が死んでから何年経った時だっただろうか。

 母親や護衛達は、その顔や体に生きた年月を刻んでいる。

 けれどナートには、それがない。

 村を出た頃と、掌の大きさも、腕の長さも、背の丈も、ほとんど変わりがなかった。

 気味が悪いと言われて動揺するほど、心はもう柔らかくはなかった。願い事を叶える道具として扱われ、むしろ冷えて固まっていた。

 本当は、温もりがある、願い事を叶えられる不思議な人形なのではないか、と思うことすらあった。その方が幸せだったかもしれない。人形かもしれない、と想像する人形がいるはずもないのだから。

 ただ、昔の夢を見る回数は減っていき、父親の顔も声も、ほとんど思い出せなくなっていた。

「お母上の容態はよろしくありません。我々も手を尽くしたのですが、お役に立てず申し訳ございません」

 高名だという医者がひれ伏した。ナートが呼んだのではなく、母親自身が大枚をはたいて招いた医者だ。文字通り金に糸目をつけずに治療をしてもらったらしいが、一時的に持ち直すことはあっても、完治はしなかった。

 完治はしなくとも、医者はやはり名医だったのだろう。一人で起き上がるのもままならない状態ではあるが、母親はずいぶんと長生きできた。

 医者や周りの者も勧めるので、最期を看取ろうとしたのだが、母親自身に拒絶された。

「化け物め、わたしに近付くな!」

 悲しみ、涙をこぼすべき場面だっただろう。

 しかしナートは、分かりました、とすぐに引き下がった。心には何も湧いてこなかった。

 母親の言う通り、化け物になったのかもしれなかった。

 母親の死後も、ナートの暮らしに大きな変化はなかった。護衛という名の監視がいて、ナートや護衛たちの生活の世話をする者がいて、それらの人々をまとめ上げる者がいた。

 ナートは何も変わらなかったが、周囲にいる者たちの顔ぶれは、少しずつ変わっていった。

 いつの頃か、かつて『客』と呼ばれていた人々は『参拝者』と呼ばれるようになり、ナートは『神様』と呼ばれていた。

「スクル神もかくやというお力を持つ神様が街から街へ、根無し草のように移り住むのは忍びない。ふさわしい居場所を作るべきだ!」

 ある時、ナートを取り巻く集団のまとめ役が言い出した。

 呼び方は変わっても、ナートがやっていることは何も変わっていないのに、そんな大袈裟な。そう思ったが、誰もナートの意見など求めはしなかった。

 辺鄙なところにやたらと立派な建物を造り、そこで『参拝者』を待つようになった。

 ナートが神様なので、まとめ役は神官長と呼ばれた。

 生まれた時は、人間だった。村を出た頃も、人の願いを叶えられる力はあったが、まだ人間だっただろう。け

 れど今は、さすがに人間だとはいえない。変わらぬ姿のまま、もう何百年と生きているのだ。

 人間では、もはやない。けれど、神様か化け物かは、紙一重だ。願い事を叶える力を必要とする人々にとっては神様で、母親のように、その力を不気味に思う人にとっては化け物なのだ。

「お願いがございます。ですがその前に一つ、伺いたいこともございます。よろしいでしょうか」

 他の参拝者たちとは明らかに雰囲気も口調も違うその兄弟にとって、ナートは紛れもなく化け物だった。だが彼らは、化け物を力でねじ伏せるつもりでやって来たのではなかった。

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