08.原点 2

 ある日、村の若者が、散歩していたナートの手を無理矢理掴んで願い事を言ってから、ナートは一人で外に出てはいけないと両親に厳しく言われる羽目になった。その頃には、毎日何人も、家を訪れる大人がいた。遠くの村から来ている人もいるようだった。

「この子の噂は遠くまで広まってる。こんな辺鄙な村で待つより、もっと人がたくさん集まる街に移った方が、もっと稼げるんじゃないの?」

 肌艶がよくなり、衣も今までより上等な物に変わっている母親が言い出した。家の中には、家族三人には十分すぎるほどの食べ物があり、衣があり、それ以外にも様々のものがあった。

「むしろ、そうした方がいいな」

 父親は、硬貨が詰まっている大きな壷を大事そうに撫でる。

「ここにいたら、いつ強盗に襲われるか分からない」

 家から出してもらえないから、ナートは村の子供たちとすっかり疎遠になっていた。せめて村を離れる前にお別れを言いたかったが、そんなことが許されるはずもなく、真夜中にこっそりと両親と共に村を出て行ったのだった。

 しばらく歩いてたどり着いた大きな街で、家から運び出した食べ物や雑多な物を売り払い、こっざっぱりとした衣に買い換え、ナートたちの家の何倍も大きな宿に泊まった。

「本当に願い事を叶えられるのか?」

『客』は、父親が見つけてきた。ナートの噂は遠い街まで届いているらしいが、今この街にいる、と声をかけても、胡散臭いと相手にされないことの方が圧倒的に多いようで、村を出てしばらくの間は『客』は少なかった。

 けれど、あからさまに胡散臭いものを見る目をしながらも、ナートのところまで来る『客』は、期待も滲ませている。万が一ということもあるからな、と。

 願いが叶わなければ金は取らない、とどうやら父親は言っているらしかった。そうでもしなければ、いかにも最近田舎から出てきて似合わぬ衣と装飾品で着飾っている男の話など、聞いてはくれなかっただろう。

 物好きで暇人な『客』は、ナートの手を軽く握り、他愛もない願いを口にする。大金がほしいとか、地位が欲しいとか。中には、ナートたちをからかうつもりなのか、本当に他愛もないことを言う者もいた。

「最近雨続きだから、そろそろ晴れてほしいものだな」

 口元を歪め、ナートたちを蔑むように見ていた男は、途端に窓から明るい日射しが差し込むのを見て、固まった。

「さあ、旦那の願いは叶いましたね。約束したお代を頂けますか」

「こ……こんなのは、偶然だ」

「ついさっきまでの土砂降りが、たまたま今止んで晴れるのが偶然と?」

「て、天気など当てにならん! 他の願いだ、それを叶えてみせろ。そうだ、私をこの街で一番の金持ちにしてくれ!」

 さっきまで余裕綽々だった男は、見る影もないほど動揺していた。父親の背後に控える屈強な男二人が、これ見よがしに指を鳴らし始めたからだ。

「旦那、願い事は一人につき一つしか叶えられない、とあらかじめ言ってありましたよね?」

 村にいた頃、ナートは子供たちの願いを、一人につきいくつでも――叶えられないこともあったが――叶えられていた。それがいつの間にか、ほとんど叶えられるようになり、必ず叶えられるようになり、その代わりに、一人につき一つしか叶えられなくなっていた。

 どうしてそうなったのか、ナートにも分からない。そもそも、人の願いを叶える力が何故あるのか分からないのだ。自分の力について分からないことばかりだが、両親にとっては大事なのは、ナートが人の願い事を叶えられるという事実、ただそれだけだった。

 晴れてほしいと願った男はなおも粘っていたが、少し痛い思いをすると、お金を置いて逃げるように帰って行った。

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