07.擾乱 3

 背筋が寒くなる。元気になったとウルスタは喜んでいて、それはそれでいいことなのだが、ただ事ではない。

「リアノス……」

 アミシャが心配そうな表情を浮かべていた。ウルスタも、少し困った顔をしている。

「リアノス。わたしはね、よかった、嬉しいと思っているんだよ。ナートのおかげで、息子たちの家にもまた遊びに行けるようになったんだから」

「いえ、俺は別に……」

 ナートをちらりと見る。本人を目の前にして、しまった、と思った。

「気にしなくていいよ、リアノス。僕は慣れている。おまえみたいな反応も、ウルスタみたいな反応も」

「里の者も、反応は様々だ。恐れる者もいれば、願いが叶うのかと期待する者もいる」

 フェロル親子もリアノスの両親も恐れていたので、それがふつうの反応だと思っていたが、願いが叶うのならば叶えてもらいたい、と思う者もいて当たり前だ。

「……他の誰かの願いも、叶えたのか?」

 ナートがこの家にいるのは、ティサの者は誰でも知っている。

「いいや」ナートは首を横に振る。「でも、時間の問題だろうね」

 彼が外出しないようにしているのは、ナートを恐れる者達を慮ってだけではなく、願い事を聞いてほしい者を遠ざけるためでもあったのだ。今までと同じように出歩いていては、いずれにせよ、里に混乱を招くから。

「封印されるまで僕はずっと、みんなの願い事を叶えてきた。願い事は一人につき一つしか叶えられないけど、死者を甦らせてほしいとか、若返りたいとか、昔に戻りたいとか、そんな無茶苦茶なものでない限り、たいていは叶う。僕の手を無理矢理でもいいから握って口にすれば、叶ってしまうんだ。ここに閉じこもっていても、いずれは誰かが押し掛けてくるよ。そういうものだ」

「……じゃあ、どうするんだ」

 ここは鄙びた里で、世間の喧噪からは遠い。ティサの住人達は、森のすぐそばで静かに暮らしてきた。だけど、その平穏はなくなるかもしれない――。

 ナートが何故〈災いの元〉と言われたのか、その理由がようやく分かる。場合によっては、もっと大きな騒動になるかもしれないのだ。

「里の者にはもう知られている。だが、外部に漏らすわけにはいかない。箝口令を敷くしかないだろう」

 幸い、他の里や街から遠く、人の行き来は少ない。今ならまだ間に合うはずだ。


   ●


 リアノスたちが訪ねたその日のうちに、ムカガは里の代表者たちを集め、事情を説明した。箝口令を敷くことに関して、誰もが今の生活を乱されたくないからだろう、異論は出なかった。けれど、ナートの力に頼りたい者達が、自分の願いも聞いてほしい、と言った。

 ウルスタが再びティサの中を歩いていて、その姿を目にした住人も少なくない。ムカガは断れなかった。ナートも断らなかった。

「いずれこうなると思ったよ」

 お裾分けを持ってリアノスの畑にやって来たオスタムは、いつになく不機嫌だった。

 かつて封印役をしていたオスタムは、ナートの力を知っていたのだ。アミシャも、眠っている時にナートに願いを叶えてもらっている。ナートと封印役は、眠っている間に交流できるらしい。

「長と、ナートが決めたことですし、願いは一人一つしか叶えてもらえないんでしょう? 今は願いを叶えてほしい人たちがナートのところに次々行ってるみたいですけど、いずれはいなくなるはずですし」

 里に住む人間の数には限りがある。皆が皆、叶えてほしいと思っているわけでもあるまい。

「……リアノスは何か願ったのか?」

「俺、ですか?」

 ナートに何か叶えてもらいたいなんて、そういえば考えもしなかった。すぐに思い付きもしない。むしろ、ナートとアミシャが眠っていた時の方が、願いは多かったような気がする。

「いえ、何も」

「欲がないんだな」

「そういうわけでもないですけど……オスタムさんは、何か願い事があるんですか?」

 あったとしても、オスタムはナートに頼るだろうか。あるいは、封印役は眠っている間に、何か叶えてもらっているのかもしれない。

「――ナートが封印されたのは、遠い昔、そうしてくれと願う者がいたからだそうだ」

「え」

「これ以上人々を惑わせないために眠ってくれ、と。でも一人で眠らせるのは忍びないから、共に眠る者を付けることを約束して、願ったそうだ。そう願った者の弟が、最初の封印役だ」

 オスタムはそう言うと、きびすを返して帰って行った。リアノスは愕然とその背中を見送っていた。

「リアノス、どうしたの?」

 やって来るオスタムの姿を見つけたアミシャは、どこかに隠れていた。帰ったのを見て出てきたのだろう。首を傾げて、リアノスを見上げていた。

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