07.擾乱 2

 ムカガの家は、ナートが封印されていた神殿に一番近い場所にある。近いとはいっても、ここはまだ森の外なので、建物はまったく見えない距離ではあるが。ティサの長になった者は建物に一番近い家に住む、という決まりがあるのだ。里の中心からは離れているので、近隣の家も遠い。

「おお、リアノスか。それにアミシャも」

 扉を叩いて名を告げると、ムカガが出迎えてくれた。

 長であるムカガの耳にも、ココリの実の件は当然入っているはずだ。かつてない事態に憔悴しているのではないかと心配していたが、意外にもムカガは元気そうだった。

「こんにちは。ナートの様子を見に来たんです」

「まあ、入るがいい」

 里はどの家も切り妻屋根で、森で簡単に材料が手に入るから木造だ。家族が増えるなどして手狭になると増築するので、二つの切り妻屋根が交差している造りの家も多い。増築する場所は十分あるから、たいていは平屋だ。

 長の家も、他より特別大きいということはなく、二つの屋根がある平屋だった。玄関を入ってすぐの広間を通り抜け、客間に案内される。接客も食事もこの客間でするので、大きな机と、机を挟んで全部で六脚の椅子があった。その一脚にウルスタが座り、はす向かいにはナートがいた。

「やあ、二人そろって来たのか。仲が良いのはいいことだ」

 ナートは何事もないかのように、軽く手を挙げた。てっきり寝室にこもって出てこないのかと思っていたので、拍子抜けである。

「元気そうでよかった」

 ウルスタとムカガに勧められ、アミシャはナートの隣に、リアノスはアミシャの向かいの席に着く。

「心配してたんだよ」

「うん。ごめん、アミシャ」

 ナートが素直に謝ると、アミシャは安心した表情を浮かべた。リアノスもそうだ。ココリの実がなった直後の表情は、今もはっきりと覚えている。ただ、あの時の悲しげ様子は消えたわけではなく、隠しているだけかもしれない。

「リアノスも、心配したのか?」

「それは、してたよ。だから来たんだ」

「その割に、ようやくって感じだなあ。僕が封印されている時は、毎日来ていたのに」

「あれは、アミシャを見に――」

 はっとして、向かいに座るアミシャを見る。リアノスが何を言おうとしていたのか悟って、照れくさそうに笑った。

「……ともかく、元気そうで安心した」

「僕はずっと元気だよ。ただ、あんなことがあったから、外に出るのを控えているだけさ」

 あっけらかんとした口調と表情に、リアノスは再度拍子抜けする。

「心配をかけてごめんね、二人とも」

 まるで我が子のことのように言ったのは、ウルスタだった。話をしている間に、お茶を用意してくれていたらしい。リアノスとアミシャの前に、うっすら湯気の立つカップを置いた。

「……ありがとうございます」

 突然現れたナートではあるが、ムカガとウルスタにとって孫のような存在になっているのだろうか。本当の孫も、里に住んではいるが。

 お茶は香草を煮出したものだった。栽培しやすいので、どこの家でも自家菜園で育てている。

「ウルスタさん、膝がよくなったんですか?」

 彼女はたった今、お盆にポットとカップを載せて、リアノスたちのところへ運んできた。しかし以前は、膝が痛くて歩くのが辛いと言っていて、歩く時は杖を突いていたし、来客にお茶を出していたのはムカガだった。

 ところが今のウルスタは、昔のようなしっかりとした足取りで歩いていた。

「よくなったの。ナートのおかげでね」

 元の席に戻ったウルスタは、にこにことした顔でナートを見る。ナートは、まあね、と小さく笑った。自分のおかげだと言われても、誇るような感情はそこにはなかった。

「ナートが?」

 まさか、と思いナートを見る。答えたのは、ムカガだった。

「ココリの実のことは、オスタムがうちに来て教えてくれた。次の日からは、里の者が事情を尋ねに頻繁に来るようになってな。いつになく来客が頻繁にあるから、ウルスタは疲れたんだよ。倒れてしまった。それに私は驚いて、この子に――ナートに、助けてくれと頼んだんだ」

「正確に言えば、願った、だね」

 ナートは、右手を胸の高さに掲げ、開いたり閉じたりを繰り返しながら、言った。

「願いを叶えるのは簡単だよ。僕の手を握り、願いを心の中で描くか、口にすればいい。するとたちまち願いは叶う。どんなことでもね」

「それで私は、ウルスタが元気になってほしいと願ったんだ」

 その結果は言うまでもない。

 アミシャ、ココリの実、ウルスタ――それぞれ、てんでバラバラな願い事だ。ナートは本当に、何でも、願い事を叶えてしまうのだ。

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