07.擾乱 1
なにかしら異変が起きた時、大きな騒動となる場合と、すぐにはならない場合があるらしい。
アミシャとナートが目覚めた時はどちらかというと前者だった。ココリの木を見に行った後は、どうやら後者となるようだ。
「……リアノス、おはよう」
畑に行くと、そこにいたのはアミシャだけだった。朝だというのに、いつものような溌剌さがない。
「おはよう。……ナートは?」
アミシャは首を横に振る。今日も、ナートは畑仕事に来ないようだ。
突然実ったのココリの実は、ひとまず収穫して、ほしがる子供たちに持たせるしかなかった。持たせず口封じしたところで、その効果は見込めないだろうから。
「みんなのために、女神さまが実らせてくれたんだよ」
フェロルはそう言って子供達にココリの実を持たせたが、言った本人が一番それを信じていなさそうだった。ずっとココリの木を見てきたフェロルなら、ノハリア神の気まぐれがあるはずもないことを一番よく分かっている。
季節外れのココリの実が何故あるのか、子供たちはフェロルに言われたことをそのまま大人に伝えるだろうが、ナートの力だといずれは知られるだろう。
フェロル親子はリアノス以上に驚き、恐怖すら感じているようだった。彼らの口から少しずつ広がっていくのも、時間の問題だ。
それを、ナートは分かっていたのだ。ココリの木を見に行った翌日から、畑に来なくなった。アミシャがいつも通りに迎えに行っても、行きたくないと言うらしい。それどころか、ムカガの家からも出ていないようだった。
畑仕事自体は、元々リアノス一人でやっていたし、アミシャは相変わらず手伝ってくれるので、ナートがいなくともさほどは困らない。
だが、手の動きはいつもより重く感じられた。考え事をしているせいだろう。
ココリの木を見に行った翌日の夜には、リアノスの両親の耳に届いていた。
「やっぱりあの子は人間じゃなかったんだね?」
「ノハリア神のおかげかもしれないだろ」
「おまえはそれを信じてるのかい?」
「……悪いことが起きたわけじゃない。そんなに怯えるようなことじゃないよ」
「でも……」
特に母が恐れているようだったが、リアノスになだめられて少しは落ち着いた。
それから数日経つが、今のところ、不安は口にしていない。していないだけで、不安が完全に消えたわけではないのは、見ていれば分かる。
リアノスはため息を吐いて、抜いた雑草を適当に投げた。
既にティサ中の者が、ココリの実の件を知っているだろう。里の中は浮き足だった雰囲気になっている。本当にあったことなのか、と直接リアノスに確かめにくる者も何人かいた。
「リアノスは、あれからナートに会えた?」
アミシャがリアノスの向かい側にしゃがむ。しかし目線は、雑草を抜く手元に向いていた。
「いいや。まだ、会いに行っていない」
「そっか」
アミシャは毎朝ナートを迎えに行っていたが、リアノスは違う。何か用事がなければ、ナートがいるムカガの家に行くことはなかった。そんなリアノスが、あの一件があってすぐにムカガの家に行けば、何かあると周囲に勘ぐられるかもしれないと思うと、行けなかったのだ。
ナートはずっと外に出ていない。ではこのまま、里の雰囲気はいずれ落ち着いてくるのか。それとも、不安ばかりが膨らんでいくのか。いずれにせよ、ナートの様子を見るのも兼ねて、一度ムカガの家を訪ねなければならない。
「……この後、会いに行ってみようと思う。アミシャも、行くか?」
手を止めて、顔を上げる。アミシャも顔を上げた。森の色をした眼差しは、少し驚いている。
こんな近い距離で、正面から顔を見るのはずいぶん久し振りだな、とふと思う。身長も歳も離れてしまい、顔を見合わせる機会はかつてよりぐっと減っていた。
「うん」
弾むような返事に、ほっとする。
「じゃあ、早く草抜き終わらせないとね」
「ああ、そうだな」
アミシャの笑顔に、少しだけ心が軽くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます