03.解放
アミシャは数度瞬きをして、目の前に立つリアノスを見上げる。
「……リアノス、だよね?」
「アミシャ……」
リアノスにとっては十年。しかしアミシャにとっては、時の流れなどほとんどなかったようなものだろう。
「別人みたい。でも、かっこいいよ」
時の流れを感じさせない、アミシャの笑顔。花が綻び、光がこぼれるような笑みだった。
まさかもう一度、その笑顔を見られるとは思わなかった。十年前と今では、身長も体つきも顔立ちすらも変わっているのに、一目でリアノスと分かってくれたことが嬉しい。
だが、なぜ、目覚めないはずのアミシャが目を覚ましたのだろう。まだ十年しかたっていない。次の封印役は、もちろんいない。
様々な感情が一度に押し寄せてきて、リアノスはただアミシャを見つめるしかできなかった。
嬉しいという気持ちはある。けれど、戸惑いもあった。封印役のアミシャが百年を待たずに目覚めて、果たして封印は大丈夫なのか。
それとも、もしかして夢でも見ているのか。これは、起こるはずがないことなのだ。
「リアノス?」
アミシャが不思議そうに首を傾げる。見覚えのある仕草に、懐かしさがこみ上げてくる。
夢ではなく現実なのか。確かめるため、アミシャに触れたかった。けれど触れた瞬間、これが夢なら覚めてしまうのではないか。夢ならば、このままでも――。
「返事くらいしたらどうなんだ、おまえ」
不満そうな子供の声に、顔を上げる。アミシャが座る椅子の背もたれの後ろから、見知らぬ子供が顔をのぞかせていた。
年の頃は七つか八つ。男の子だ。真っ黒で艶やかな髪に、透き通るような青い瞳。背もたれのてっぺんで腕を組み、その上に顎を乗せている。そうすると、視線の高さはちょうどリアノスと同じくらい。どこか非難めいた青い瞳は、まっすぐにリアノスを見ていた。
里に、こんな子供がいただろうか。見覚えがない。
「……坊やは、どこの子だ?」
それに、なぜこの子供はここにいるのだ。遊び半分で立ち入っていい場所ではない。
子供は大仰にため息をついた。アミシャの頭頂部の髪が揺れるほどに。
「アミシャじゃなくて、僕の方にかよ」
子供はこましゃくれた口調で頭を振る。先ほどのため息と同じく、やはり大仰な仕草だった。里にいる同じ年頃の子供とは、ずいぶんと違う。
「まあ、でも、無理もないかもね」
子供の姿が消え、床に降り立つ小さな音がした。そして、背もたれの後ろから全身を現した。
「おまえがリアノスだよね。ここにいるということは、封印の守人だね? アミシャが眠ってから十年間、お疲れさま」
「……何者だ?」
十年前に眠りについたアミシャの名前を知っている。ただの子供ではなさそうだった。
「おまえ達が〈災いの元〉と呼んでいる者だよ」
ふつうではなさそうなのに、この時ばかりはいたずらをたくらむ子供のような顔をしていた。
〈災いの元〉は、その名の通りに人々に災いをもたらしたため封印されたという。災いを招く力を持つが神々と並ぶ存在ではなく、では何かと尋ねても、〈災いの元〉だとしか言いようがない、と教えられた。
里の子供たちにも、リアノスは自分が聞いた通りに教えている。
どんな災いだったのか、その詳細は伝わっていない。争いや混乱は起きたらしいが、その規模は分からない。どれほどの人々が巻き込まれたのかも。
ただ、〈災いの元〉と呼ばれる存在――あるいは、それ以外の何か――は確実に存在する。椅子に座り眠り続ける封印役が、それを証明していた。
背もたれの後ろから出てきてアミシャの隣に立つ子供と、椅子に座ったままのアミシャの顔を交互に見た。
こましゃくれていて、里の子供とは少し様子が違う。けれど、この子共が世の中に混乱をもたらした存在だとは、にわかには信じられなかった。
「信じられないって顔だね。ま、無理もないけど」
子供の手が、台に並べられたフスの実に延びる。かぶりつき、少し顔をしかめた。
「――酸っぱい! でも、やっぱり本物はいいな」
リアノスはますます困惑していた。〈災いの元〉というのは、本当なのだろうか。信じられないというよりは、疑いの方が強くなっている。
「リアノス。この子は本当に〈災いの元〉と呼ばれる存在だよ。でも、本当はそんなんじゃない」
「アミシャ?」
「みんなを混乱させた〈災いの元〉なんかじゃなくて、優しい子だよ。名前はナート。ナートがわたしのお願いを聞いてくれたから、わたしは目覚めたの」
「アミシャ、それはつまり……」
封印の重石である彼女が、その封印を解いてしまったということなのか。
「僕も、眠るのにちょっと飽きていたところだったからね。ちょうど良かったよ。利害関係の一致ってやつだ」
「……つまり、おまえは本当に封印されていた〈災いの元〉ということか?」
「信じる気になったかな?」
封印役のアミシャが目覚めた。同時に現れた見知らぬ奇妙な子供が〈災いの元〉かどうかはさておき、少なくとも、尋常ではない事態が起きているのは間違いなかった。
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