02.目覚め 2
オスタムは十年前、百年の時を経て目覚めた。
リアノスをはじめ、血の繋がりがある者はいる。けれど、直接の知り合いはもう誰もいない。オスタム自身や、オスタムの家族や友人のことを記憶に留めている者もいない。
それがどれほど孤独で、寂しいことか。余人には想像も及ばぬものだろう。
オスタムはきっと、みんな幸せに生きたのだと信じて、目覚めた後の人生を歩んできたのだ。
アミシャも、そうするだろうか。そうするしかないのだろう。
だから、アミシャの立場も気持ちも、おそらく誰よりも理解できるオスタムが、苦手だった。彼に言われると、守人となり約束を果たそうとすることは無駄なのかと打ちのめされそうになる。
「……そろそろ行かないといけないので」
リアノスは、今度こそきびすを返した。オスタムも引き留めはしなかった。
アミシャとの約束を守りたいというこの気持ちを、そのためにリアノスがどうしたのかを、百年後に確実に届けることができればいいのに。
誰かと夫婦になり、子を育て、自分のしたことを子々孫々に伝えていけばいいのだろうか。だが、それでは――。
もやもやとする気持ちを振り払うように、リアノスは駆け出した。
見慣れた入り口が見える頃には、もう歩いていた。もとより、走り回っていいような場所ではない。
抱えていた籠の中身を確かめる。幸い、走っている間にこぼれ落ちたものはなかった。フスの実の皮は薄いので、雑に扱っては傷が付きかねない。
周囲の人々やオスタムにああいうことを言われるのは、よくある。最近増えてきているのは、気のせいではないだろう。
ティサから出て行く者はぽつりぽつりといるが、入ってくる者は滅多にいない。年頃の者達は、次々と夫婦になっていく。このままでは、リアノスと所帯を持ってもいいという娘がいなくなってしまうと、危惧しているのだ。
リアノスは深いため息をついて、角灯の中のろうそくに火を付けた。
「アミシャ、おはよう。今日はフスの実を持ってきたよ」
他に誰もなく、静寂が満ちていても、アミシャの寝息は耳を澄まさないと聞こえない。人目がないとはいえ、眠っている少女の口元に耳を寄せるのははばかられ、いつからかやっていなかった。
祭壇の捧げものを、今運んできたものと取り替える。祭壇に捧げるのは、いつも二人分。〈災いの元〉と、封印役の分というわけだ。
小さな像の左右に、フスの実を一個ずつ置いた。
「今朝収穫したばかりだ。甘いといいんだけど」
眠るアミシャに、いつものように語りかける。返事はもちろんない。期待は、まったくしていなかった。
「――」
百年の間、封印役は決して目覚めない。微動だにせず眠り続ける。
なのに、アミシャの唇がわずかに動いた。気のせいかと自分の目を疑う間に、アミシャの瞼がゆっくりと動く。
リアノスはいよいよ目を丸くして、息を飲んだ。まさか、と呟いていたかもしれない。
「リアノス……?」
里を包む森と同じ色の瞳が、十年ぶりにリアノスに向けられていた。
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