02.目覚め 1
スクル神は真っ暗だった世界を照らすため、昼間は右目を、夜は左目を開けておくことにした。それが、太陽であり月であるという。
世界を創った神が左目を閉じ、右目を開ける時、リアノスは両の瞼を押し上げる。そして顔を洗い、共同の畑に向かうところから一日が始まる。
豊穣を司るマテラス神に祈りを捧げて畑に入り、神々に約束された恵みがあれば籠いっぱいに収め、約束を邪魔するもの達を引っこ抜く。それを終えて、ようやくアミシャの元へ行けるのだ。
夏の終わりの今は、毎朝何かしらの収穫作業があった。ティサの共同畑で皆で手分けして作業に当たる。朝の一仕事を終えると、これを持って行け、と今日採れたものがリアノスの元に集まった。
小さな籠に入ったフスの実を、リアノスは一つずつ手に取る。フスの実は真っ赤な果実で、大きいものは掌にすっぽりと収まるほど。わずかに先端がすぼまっている。皮は薄く、果実は皮とほぼ同じ色をしている。酸味と甘みが程良い均衡を保っているものが良いとされているが、アミシャは甘みが強いものが好きだった。
リアノスはなるべく大きなものを選り分けたが、食べてみないことには味は分からない。酸味の方が強いと、アミシャはかぶりついてから、眉をひそめるのが常だった。残念そうな顔をしながら、しかし全部ちゃんと食べるのだ。
さて、今日はどうだろうか。
「リアノス」
かごを抱えて立ち上がったところで、背後から声をかけれられた。
「オスタムさん……おはようございます」
「今から行くんだろう。これも持って行け」
差し出されたのは魚の薫製だった。ティサに流れている川で、彼が捕ってきた魚だろう。薫製は三匹で、目のところに縄を通してあった。
「ありがとうございます」
その縄を受け取ってから去ろうとしたが、それより早くオスタムが口を開いた。
「お節介だとは思うが、まだ守人を続けるのか」
オスタムは腕組みをして、リアノスをじっと見つめていた。
リアノスは、遠縁になるこの男が苦手だった。かつては、どこか近しい感情を抱いていたこともあるが、今は誰よりも遠い。
「……アミシャと約束したので」
オスタムの、黄色がかった薄い茶色の瞳から逃れるように、彼の足下に視線を落とす。小さなため息が聞こえた。
「律儀なのは悪いことじゃない。だけど、将来のことも考えろ。もうそろそろ所帯を持つべきだろう」
二十五になったリアノスに、結婚を促す声は多い。ティサでは、この歳までに所帯を持たない男女はほとんどいなかった。誰かと夫婦になり、子を産み育てる。それもまた、ティサで生きる者の役目だ。ティサと、〈災いの元〉の封印を守り続けるためには、子孫を残さなければならない。
それは分かっているが、リアノスは未だに所帯を持つ気になれなかった。アミシャとの約束がある限り、たぶん、その気になることはないだろう。
そして、周囲もそれを分かっているから、リアノスに、そろそろ守人をやめて――アミシャの顔を見るのをやめて、結婚しろと言うのだ。
「それにな、リアノス。おまえが幸せに生きていく方が、アミシャも喜ぶ」
だから、リアノスは彼が苦手なのだ。アミシャの先代の封印役である、オスタムが。
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