04.困惑 1

 目覚めたアミシャと、封印から解き放たれてこの世に舞い戻った〈災いの元〉(ではない?)のナートをつれて、リアノスは外に出た。いつまでも洞穴同然の場所にいるわけにもいかないので、出るしかない。

 まずどうすべきかしばし迷い、結局ティサの長の元に向かった。

 齢六十近くになる長のムカガは驚きはしたものの、取り乱しはしなかった。前例のない出来ことなので、とにかくあわてず落ち着いて冷静に、と言った。

〈災いの元〉だというナートが、一見するとただの子供で、長の前ではおとなしくしていたのもよかったのかもしれない。

 ムカガの指示で、アミシャの両親を呼びに行った。封印が解けたことを隠し通すのは無理だ。ならば少しずつ明かしていく方がいい、というのが長の考えだった。

 一人娘を封印役に差し出したアミシャの両親は、封印の代替わりが行われて以来、静かに暮らしている。リアノスが訪ねた時は用件を伏せていたので、長に呼ばれる理由が分からず戸惑っていた。

 二度と言葉を交わせぬ一人娘が目覚めたのだ。驚きこそすれ、きっと嬉しいだろう。

 そう思っていたのだが――。

「父さん、母さん……!」

 両親の姿を見たアミシャは椅子から立ち上がり、アミシャを見た両親は目を丸くして立ち尽くした。

「会いたかった――」

 アミシャは駆け寄り両親の手を取った。しかし、その手はすぐにアミシャの手からすり抜けた。

「……どうして、ここにいるの」

 父親は戸惑いの表情を隠さず、母親は強ばった顔で十年ぶりに会う娘を見たのだった。


   ●


〈災いの元〉の封印を守り続けるこの里にとって、封印役は最も重要な役目だ。百年に一度しか選出されないその役目に指名されるのは、名誉なことだとされている――そう思うことで本人も家族も納得するしかない、というのが実際のところだ。

 アミシャの両親も、無理矢理自分達の気持ちを納得させてきたのだ。その気持ちの行き場をどうすればいいのか、リアノス以上に困惑しただろう。

 彼らの気持ちも理解できる一方で、両親からまるで拒絶するような言葉をぶつけれたアミシャの気持ちも、リアノスにはよく分かった。十年前までずっと一緒に暮らしていたのだ。表情を見れば、何を考えているのかだいたい想像は付く。

 ムカガになだめられ事情を説明され、アミシャの両親は一応はことの成り行きを飲み込んだ。

 封印役の役目は終わったとされ、アミシャは家に帰ることになったのだが、十年前と同じように暮らせるのか、リアノスは気がかりだった。親子の間には、十年前にはない微妙な距離ができていたのだ。

 いずれ縮まり、昔のように戻ることを願うしかない。

 問題は、他にもあった。

「リアノス! おはよう」

「おはよう、遅いじゃないか」

 共同畑に行くと、アミシャとナートがもう作業を始めていた。

 二人は、リアノスが担当していた区画で一緒に畑仕事をしている。アミシャの両親が受け持つ区画もあり、本来であれば彼女もそこで仕事をするのだが、ナートの面倒を見るという口実で、リアノスのところに来ていた。

 アミシャ達は再び共に暮らすようになったものの、まだ両親との間はぎくしゃくしているようだ。

 ただ、手が空けば両親のところに手伝いに戻るし、向こうから呼びに来ることもある。少しずつ元に戻りつつあるようなので、アミシャの方はそう遠くないうちに解決するだろう。

「おはよう。……二人が早いんだよ」

 リアノスが畑に来る時間は、以前と変わっていない。

 どうやら、アミシャが早起きをして、ナートを迎えに行っているらしい。といっても、夜が明けきらないうちなので、迎えに行くというよりは、起こしにいくという方が正しいだろう。夜が明けても、起こさなければナートはいつまでも眠っているらしい。

 問題は、そのナートだ。

 ティサは小さい里なので、アミシャが目覚めたことも、封印されていた〈災いの元〉も目覚め、それがナートであることも、隠し通せるはずがなかった。

 ナートは里の中に身寄りなど当然いないから、ひとまずは長が預かることになった。幸いというか、ムカガの子供たちは皆独立して家を出て(里の中にはいるが)、今はムカガと妻のウルスタしかいない。

 かつて人々を惑わせ混乱をもたらしたという〈災いの元〉だが、一見するとふつうの子供で、こましゃくれたところはあるが、他に特別な力などあるようには見えなかった。

 はじめの頃こそ、ティサの者は皆、ナートを恐れ、近付こうとしなかった。リアノスの後ろをついて歩くナートを遠くから眺め、アミシャと話すナートを見て、何事かをささやき合っていた。

 事情を教えられてもいまいち理解できていない子供たちも、大人たち同様に(あるいは、親に言われて)遠巻きにしていたが、好奇心の方が勝ったらしい。やがて子供らの方から、ナートに近付いてきた。部外者は滅多に現れない里に、とびきりの部外者が現れたのだから無理もない。

 意外だったのは、子供たちが近付いてきた時、ナートの方が後込みをしていたことだ。

 リアノスには生意気な口をきくくせに、子供たちに話しかけられても、しどろもどろとしていた。アミシャが間に入ることで少しずつ会話が増え、今ではアミシャを介さずとも話をするが、積極的に子供たちの輪に入るまでには至っていない。

 それも時間の問題だろうが、子供たちがナートに接し、その子供たちを通して、ナートが〈災いの元〉と言われるような恐ろしい存在ではないようだ、と大人たちも分かったらしい。目覚めてからひと月余りで、あからさまにナートを避ける者はほとんどいなくなっていった。

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