青い夏の出来事

金木犀

第1話

《登場人物》

ミコト

矢部 友也 (やべ ともや)

――――――――――――――――――――


汗が滲むような暑さ、太陽が容赦なく照りつけてくる。


「はぁ、暑い」


そう言ったのは、まだ小学生ぐらいの少年だ。青と白のシャツに膝丈までのズボン、帽子は被っていない。


「矢部 友也」 今年の夏から引っ越してきた小学四年生の男の子である。


今日は夏休みが終わる1週間前だ。友也は基本的に家から出ない。しかし、母親に出掛けないかと誘われ、人が多い所が苦手な友也は、友達と遊ぶ約束があるからという嘘で断った。


友也には友達がいない。転校してきてすぐということもあるだろうが、友也の性格にも原因があった。

友也は極度の人見知りだった。まず、人の目を見て話すことが出来ない、声も小さい。

その上、前の学校で仲の良かった友達と離れてしまったことで、友達が出来てもまた離れてしまうのではないかという不安があったのだ。


「どこ行こう...」


嘘をついて家を出てきたのだ。当然、行くあてなんてない。


「ここ神社?」


しばらく歩いていた友也だったが、ふと気づくと石階段の前にいた。どうやら、この階段を登った先に神社があるらしい。


(行く所ないし、ちょっと涼んだら帰ろう)


そう思った友也は石階段に足をかけた。


最初に見えたのは石で出来た鳥居だった。両脇には狛犬がいる。

鳥居から続く石の道の先に拝殿がある。そこで少し座って休むことにした。

そうして、友也が休んでいると


「なぁ、ここで何してるんだ?」


と声をかけられた。神社に誰もいないと思っていた友也は驚いて座っていた場所から落ちそうになってしまう。


「......え?僕はちょっとここで休んでて」


凄く小さい声になってしまった。相手に聞こえたかどうかも怪しい。

声をかけのは友也と同じくらいの年頃だと思われる男の子だった。

ただ、その顔にはやや大きい青鬼のお面を被っている。男の子というには少し細かった。


(なんでお面被ってるんだろう...)


当然の疑問だ。すると、


「あ、このお面はなんでもない。ただ気に入ったからつけてるだけだ」


どうやら、視線ががっつりお面にいっていたようだ。


「お前、名前は?」

「.....矢部 友也」

「へえ、友也か俺はミコトって言うんだ。よろしくな」


そう言ってミコトはへらへら笑う。お面をつけているから本当のところは分からない。


「なんでここにいるんだ?」


さっきと似たような質問だ。だから、友也は先程と同じように返した。


「....休んでるだけ」

「ふーん、でもお前それだけじゃない。俺は人間の嘘と本心を見抜くことが得意なんだ。言ってみろ」


どこか上からな物言いだ。とても友也と同じ年頃とは思えない。


「..........」

「なんだ、どうしようもないな。じゃあ、こっち来てみろ、面白いもの見せてやる」

「え?ちょっ.....」


そう言ってミコトは友也の手を取ると、無理やり立たせて神社の裏の方へ連れて行った。


▽▼▽▼


神社の裏は何も無いように思えたが、思ったよりも広い。

そして、ミコトが友也を連れていく先には人1人が入れそうな穴があった。


「この先なんだ」

「僕、行くなんて言ってない....」


友也は下を向いて答えた。しかし、穴の奥に何があるかは興味があるようだ。視線がチラチラ穴の方にいっている。


「嘘なんだろ、行くぞ」

「え!?」


そう言うと、ミコトは先程と同じように友也を連れて歩き出した。


しばらく歩くと、急に視界が開けた。

そこには――


「わあ.....!」

「どうだ、凄いだろ!」

「....!!」


友也は首を上下に振った。もう、人見知りしている様子がない。感動の方が勝ったのだろう。

そこに広がっていたのは――


地面に伸びる芝生に陽光が降り注いで輝いている。上の方は吹き抜けになっていて、雲ひとつ無い青空が見えていた。

とても神秘的な雰囲気で友也は思わず魅入ってしまう。


「ここ、俺の秘密の場所なんだ。いつもここに来て寝てる」


確かにここで寝るのはさぞかし気持ちいいだろう。


「お前、この場所気に入ったんだろ。俺に話せば、この場所に何時でも来ていい」


友也は迷ってしまう。まだ会って間もない上に、このミコトという男の子に自分の悩みを話してどうするのだと思ったのだ。

しかし、この場所はとても落ち着く。どうさならまた来たい。そして、別に知らない人だし話してもいいかと思った。


「.....実は、友達が出来なくて」

「やっと話したか。それで?」

「僕、人見知りだから人と目を見て話すのが苦手で、声も小さくて、人と話しててもすぐに黙って空気悪くさせちゃう」

「なるほどな、まあ人見知りはこの際しょうがない。じゃあ、まずは俺と話す練習しよう」

「え?いいの?」


ミコトの提案は正直、友也にとっては嬉しかった。でも、どうしてミコトがそこまでしてくれのか分からなかった。だから友也は


「なんでそこまでしてくれるの?」


と聞いた。するとミコトは


「あー、それが俺の仕事だからな」


と言った。

仕事とはどういう意味だろうか。だが、深く追及しない方が良さそうだ。友也がこの質問をした時、空気が少し強ばった気がする。


――それから、友也はミコト相手に人と話す練習を始めた。



「んー、目を合わせないとこどうにか出来ないもんか」

「う、でも声は小さくなくなったでしょ?」


数日前、友也はやっと人に聞こえる大きさの声で話せるようになったのだ。しかし、目を見て話すのはまだ苦手らしい。


「まあ、そうだな。それだけでも大きな進歩だ」

「うん!でしょ?この調子で頑張るよ!」

「ああ!」


数時間後、


「今、出来たよ!」


友也は瞳をキラキラさせる。ようやく目を合わせての会話が出来たのだ。


「確かにそうだったな!これで大丈夫じゃないか?」

「うん...大丈夫な気がする」

「明日が本番だからな、しっかり頑張れ!」

「分かったよ!ありがとう、ミコト」


そう言った友也は青空を見上げて嬉しそうに笑ったのだった。


――友也が帰った後、


「今日で終わったんだな」


どこか悲しそうな声。ミコトは石階段の上から友也が帰った後の道を眺めていた。


「ごめん、友也」


そう言ったミコトの体は徐々に透けていき、やがて夜の闇に溶け込んで見えなくなった。




▼▽▼▽▼▽


そして、学校の登校日。


友也はこの日、この町に引っ越して来てから初の友達が出来た。

これもミコトと練習した結果だろう。学校が終わった後、友也はあの神社に来ていた。

ミコトにお礼を言おうと思ったのだ。


「ミコトー!!」


しかし、何度読んでもミコトは出てこなかった。もしかしたら、秘密基地にいるかもしれない。そう思った友也は神社の裏にある穴に入っていった。


「いない.....」


ミコトは秘密基地にいなかった。ただ、どこまでも青い空が広がっているだけだった。


――そして、この日から友也がミコトに会うことは無かった



▼▽▼▽▼▽


「あー、あの場所気に入ってたんだけどな」


子供の声が響く。声の主はミコトだった。

ミコトには仕事があった。それが終わったら仕事で相手にした人間と会うことはもう無い。


「次の仕事行くかー...」


少し寂しそうに言ってミコトは次の神社に向かって行った。








《~完~》












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青い夏の出来事 金木犀 @misaki3113

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