第3話 野望

 ん…?なんだか騒がしいけど…どうしたんだろう?

 外の様子がおかしい。なにかあったのだろうか?

 あちこちからサイレンの音が響いている。

 午前七時。窓を開けてみる。

 いつも以上にたくさんの人々で歩道があふれかえっていて、車の数も多い。


「浩紀!」


「うわっ…びっくりした…。ノックくらいしてよ!どうしたの母さん」


「大変なの…自転車の大量窃盗があったらしくって…。うちのも全部盗られちゃったのよ…。外国にでも売るのかしら…全く」


「分かった。困ったものだね。道も混んでるし、今日は早めに家を出るよ」


「気を付けて行きなさい」


「はいはーい」


 朝食後、支度をして庭に出る。


「あっ、本当だ…。昔乗ってたボロボロの自転車もなくなってる…ね」


 …ん?なにか変だな。大事なことを忘れてる気がする。


「おう、どうしたんだ浩紀?俺のチャリもねーからバスで行くわ。全くどこのどいつだよ…」


「うん、兄さんも気を付けて」



 学校に着くと遅刻者が続出していた。

 予鈴が鳴っても席は半分くらいしか埋まっていない。

 朝のホームルームでは担任による自転車盗への注意喚起が行われた。

 しかし、施錠していたものも見境なく盗まれた今回の事態では意味を為していない様子だった。


「はあ…徒歩通学でよかったよ…」



 昼休み。


「浩紀、今どの辺?」


「え?あ、ああ…ゲームの話ね。ようやく二章に入ったところだよ」


 主語なしで話されると何のことか分からないだろ…。

 こいつは朝霧柊斗あさぎりしゅうと

 幼馴染なのだが、とかくゲームの話になると最近はそりが合わない。


「やっとかよ。どうせちまちまレベル上げしてるんだろ?」


「そうだけど…。余裕をもって攻略したいからね」


「ギリギリの生死を彷徨うくらいが絶対面白いって!お前のプレイスタイルじゃゲームを楽しんでるとは言えないな」


「そういう柊斗のスタイルだって、変じゃない?何回も全滅して再ロードしまくってるだろ?現実で死んだらやり直しなんて出来ないんだよ?リアリティがない」


「ゲームなんだぞ…、大丈夫か?現実と混同するなよ…」


「ふっ…ロールプレイの意味分かって言ってる?なりきって冒険するんだよ?何回も死ぬとかおかしくない?」


「くっ…はやくクリアしたいんだよ!ちんたらやってるお前に言われたくない」


「リロードしてやり直す時間をレべル上げに使う方が遥かに懸命だよ」


「緊迫感を味わってないお前のプレイスタイルはクソだ」


「「ふぬぬぬぬぬぬ」」


 全く…気分が悪いよ。今後はしばらく柊斗が話しかけてきても無視だな…。



 午後の授業も眠気で少しも頭に入らなかった。

 寝不足が続いているせいか判断力も落ちてきた気がする。

 廊下で人と上手くすれ違えなくて睨まれたし。



 帰宅。当然帰宅部だ。僕は。ゲーム、ゲームっと。

 ゲームになると、さっきまでの眠気も吹っ飛ぶんだよね…。

 柊斗が一生追いつけないくらいの勢いで攻略進めよう!

 見てろよ、帰宅部なめるなっ…。

 さてと、最新のデータは…

 昨日は間違ってデータ上書きしたんだよな…。

 サブストーリーのセーブデータで本編の500時間プレイを上書きしてしまうなんて…、 いい加減ちゃんと睡眠とらないとな…。

 あれ?そういえばなんでデータ戻ったんだっけ?

 …ああ、思い出した。

 確か女神みたいな人に何かひとつ差し出せって言われて…

 ――!

 大量窃盗って、まさか…?「自転車」って…言ったから、僕以外のも全部持ってっちゃった!?

 ま、まさかな…。夢だよ、夢。寝ぼけてたんだよ…。

 データの上書きも、それが戻ったのも夢だよ。

 うんうん、寝不足はダメだな…。きちんと寝ないとね。

 しょうもないこと考えるのは終わりにしよう。

 さあ、今日はどのマップから始めようか…。


「浩紀!」


「ど、どうしたの母さん…血相変えて?」

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