第5話 もう恋なんてしないと言わなかった側の意見

 1通目のメールに返信してしまったことを、私はそれほど後悔していない。いたずらにせよなんにせよ、どういう反応をしてくるのか、気になっていたからだ。

 なので、2通目のメールが届き、その内容が「別の世界の自分」として理に適っていたものであったことは、私を少しだけ安心させ、大いに驚かせた。

 私のワナビ人生において、外向けの世界でそれなりに評価を得た作品は3つしかない。それが、先に紹介した「岩田20001」と、2通目のメールに出てきた「灰になる迄」と「死すら二人を分かてない」だ。

 特に、「灰になる迄」については、電撃小説大賞で二次選考を通過し、恋愛要素があったのをいいことに落選後に改稿して投稿した日本ラブストーリー大賞でも見事、一次審査を勝ち抜いているので、一定の質はあったのだと自負している。吸血鬼ものであるということと、ラブストーリーであるということで、上手くはまれば世間に一番受け入れられる作品だと感じていたので、別の世界で刊行されたらしいと聞いても、素直に納得できた。

 「死すら二人を分かてない」は、投稿された全作品のレビューを掲載するファウスト賞において、結果的に箸にも棒にもかかっていなかったものの、「リーダビリティはあるが、肝心の二つの仕掛けが連動していない」というような一言コメントが掲載された作品だ。「リーダビリティはある」と言われたことが無性にうれしかったのを覚えている。また、作中には実はもう一つ大きな仕掛けがしてあったのだが、あえてそれを本文で名言しないまま物語を終了させていたため、「どんなに巧妙に考えても、しっかり書かなければ伝わらないし、伝わらなければ何の意味もない」のだということを、思い知らされた作品でもあった(カクヨムに投稿するにあたって、意図的な加筆を行った唯一の作品でもある)。

 どちらも、歪んだ恋愛を描いた作品なのだが、それは単純に、当時の私の歪んだ恋愛観が反映されていただけに過ぎない。メールの差出人が驚いていた通り、私は本来的に結婚して平凡な家庭を築くタイプの人間ではなかった。さらに、そんなひねくれた自分を認めてくれて、初めて付き合うことになった女性にまで最終的に裏切られるという地獄を経験をしているため、もう恋なんてしないと言って然るべき人間でもある。メールの差出人は、おそらくその闇を抱えたまま、最大級の心のざらつきを糧に執筆を続け、20年近く過ごしてしまったのだろうと、容易に想像できた。自分が過去に書いた作品を読ませたりしている妻や友人がいることを微塵も考えたことがない、人間嫌いの人間なのだろうと。

 この点について、私が物書きとして成功するためには、それくらいの覚悟が必要だったのだな、と素直に感心してしまった。ワナビは誰しも夢を見る。自分が才能に満ち溢れ、「最年少受賞」や「仕事の合間に書いた初めての小説で受賞」といった輝かしいフレーズとともに颯爽と文壇にデビューすることを。だが、それは無理なのだ。少なくとも、私には無理だとわかってしまったのだ。10か月の引きこもり期間にがむしゃらに書いた作品が箸にも棒にもかからなかった私には、余裕のあるデビュー秘話など生まれるはずもなかった。おそらくメールの向こうの今迫直弥は、そのまま引き篭もりを続けたはずである。その勢いで、学校も辞めてしまったはずである。社会とのつながりを絶った状態で、家族からの冷たい視線の中でPCの画面に向かい続け、泥を啜るようにしてようやく、かろうじて「作家」という地位を掴み取ったはずである。

 アニメが3期も制作される作品を抱えたライトノベル作家が、どれくらい儲かるものか、私は知らない。あまり考えたくない。ただ、この私には無理なのではないか、と思う。

 何より、岩田を22作品続けるだけのアイデアを思いつくことが不可能だ。「鳩×岩」や「鳩×竹」が大人気で、その理由がわからない旨の記述が、「私にだけ伝わるあるある話」みたいなテンションで書かれていたが、そもそも「竹」という頭文字を持つ登場人物が誰なのか(文脈的に男性だろうが)、こちらの私にはそれすら全くわからないのだから。

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