第2話 今迫直弥を名乗る人物からのメール1

 携帯電話をiPhoneに変えてから随分経つが、私は携帯キャリアのメールアドレスを維持している。その理由は、今全く連絡をとっていないアドレス帳上だけの知り合い達に、アドレス変更の旨の連絡をしなければならないというのがあまりにも苦痛だったから、というのに過ぎない。近しい知人との連絡はSMSかLINEで事足りるので、携帯のメールアドレスはここ数年、ほとんど迷惑メールしか届かない墓場みたいな状況になってしまっている。

 私のiPhoneは、メールの着信があると、モールス信号のSOSのリズムでバイブレーションが起こる設定にしてある。必要なメールが届くことはないので、ポケットの中からSOSが響いても、基本的に無視することにしている。2022年4月11日、職場で勤務時間中に二度のメール着信があったことに気づいていたが、帰宅の途に着くまで画面を確認していなかったのは、半ば必然であった。

 その日気に止まったのはむしろ一通目のメールの方で、「広瀬すずが橋本環奈に送るはずのメールの宛先を間違えた」という状況を偽装した愉快な迷惑メールであり、送信元のアドレスがsuzu_arisu_sistersみたいになっていたこともあって、帰宅後に妻とひと盛り上がりした。妻はEXILEメンバーから関口メンディーに間違えられているらしい。

 二通目は、迷惑メールとしては異質だった。件名がtest7、本文が空欄のそのメールは、私自身のキャリアメールアドレスから送信されていたのである。

 このメールのおかしな点は二つあった。一つは、私自身にそんなメールを送った記憶はなく、当然、送信済みフォルダにも同名のメールはなかったという点。もう一つは、差出人欄に私の本名が漢字で表示されるはずの設定が反映されておらず、メールアドレスがアルファベット表記のまま剥き出しで表示されていた点だ。

 迷惑メールの中に送信者偽装という手口があることから、おそらくその一種なのだろうと結論し、返信するわけもなく、スルーすることにした。

 次の日、同じ差出人からtest7-7が届き、さらに翌日、test7-7-14とtest7-7-15が同時刻に届くに及んで、自身が何か良くないものに巻き込まれていると察せざるを得なかった。この時点で、私は自身のメールアドレスを迷惑メールフィルターに登録するという、有効かどうかよくわからない対策をとっている。

 しばらくの間、メールが届かなくなったので、私は油断していた。

 某月某日(この件についてのみ、日にちを伏せることを許していただきたい)午前10時49分、そのメールは不意をつくようなタイミングでいきなり届いた。私はそれを正午過ぎに開封し、小一時間何をすることも出来なくなった。


差出人:今迫直弥

件名:突然のメール失礼します

○○○○(著者本名)様

 はじめまして。今迫直弥と申します。貴方のわかる言葉で言えば、作家としての活動を続けている○○○○本人です。

 以前、このアドレス(ただ自分の携帯のメアドを使っているだけですが)からテストのため、何通かの空メールを送信させていただいきました。その節は大変失礼しました。

 既に、本メールが悪戯ではあり得ないことを察して、少し怖くなっている頃合いだと思います。このアドレスを知っていて、かつ、今迫直弥というペンネームを知っている人間は、この世界に○○○○本人しかいないから当然です。それをもって、私が今迫直弥であることを信用していただけるのであれば、話が早くて助かります。

 もし「シュタインズ・ゲート」という作品をご存じであれば、よりありがたいのですが、いかがでしょうか(私と貴方で「世界線」が違うというわけです)。私は恥ずかしながら最近初めてアニメ全編を見ました。

 このメールはdメールと違って、過去や世界線を変えるような力はないので、ただの文通と一緒です。有意義な情報交換ができれば幸甚ですし、意外かもしれませんが、本メールの目的は、まさにそれなのです。どのような内容でも(最悪、空メールでも)構いませんので、本メールに返信していただけますと幸いです。

 よろしくお願いします。

 P.S. 本日は、拙著「岩田シリーズ」原作第一巻発売から15周年となる記念日にあたります。


 差出人名は今迫直弥だが、アドレスは私のキャリアメールのものであり、迷惑メールフィルターは平然と突破されていた。

 それにしても「岩田シリーズ」とは……。シリーズ名にしてはあまりにも語呂が悪すぎると思うがいかがだろうか?

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