今迫直弥を名乗る人物からのメールについて

今迫直弥

第1話 自己紹介

 今迫直弥というのは私のペンネームであり、同姓同名の人間はいないはずである。20年近く前にこの名前を決めた時に調べた限りでは、今迫という苗字は日本に存在していなかったからだ。

 2000年代の初頭、学生だった私は小説執筆を趣味としており、各種の文芸賞に投稿を繰り返す、いわゆる「ワナビ」であった。私が書いていたのはライトノベルであるが、まだ学園ものや能力バトルものが主流の時代であり、ネット発祥の異世界転生ものが一世を風靡する現状には正直全くついていけておらず、この「カクヨム」というサイトを利用するにあたっても、ひどく場違いなところに紛れ込んでしまったという気分で、居心地の悪さを感じている。

 私が趣味として小説を書いていた理由は単純で、「現実世界のままならなさを空想の世界で埋め合わせるしかなかったから」でしかない。私は、自身の執筆のスタイルを、「登坂列車が線路に砂利を撒いて摩擦力を高めなければ傾斜を登れない」ことに例えているのだが、要するに心のざらつきや妬み嫉みなど負の感情がないと、執筆のモチベーションが上がらないのである。

 実際に、人生で最も執筆に熱心だったのは、付き合っていたメンヘラ女に裏切られて人間不信に陥り、10ヶ月引き篭もり生活を送っていた2005年の頃であり、最高記録として、一日で原稿用紙60枚相当の文章を書いていたほどである(無論、有り余る時間の成せるわざであったという側面もあるだろうが)。この頃に完成させた作品群については、種々の文芸賞に投稿したものの箸にも棒にもかからず、墓場まで持っていくつもりであったし、一度世に出すほどでないと評価を受けた以上、そうするのが筋であるものと承知しているが、いくつかの理由から、いずれ全て「カクヨム」に投稿したいと考えている。

 投稿した全ての応募原稿が落選したこと、ニコニコ動画という動画投稿サイトを見ているだけでいくらでも簡単に時間が潰せると気づいたこと、そして、のちに結婚することになる女性と出会ったことなど、小説執筆へのモチベーションを失った私は、2007年頃、筆を折った。文筆業界とかけ離れた業種に就職し、結婚し、子供も産まれた。充実した現実世界に反比例するように、空想の世界の構築にかける時間は減っていったのだ。

 2020年、友人の依頼で十数年ぶりに小説を書くことになり、別名義の作品が同人誌に掲載された。そのタイミングでほんの少しだけ執筆意欲が増したが、「小説執筆が趣味」と言えるほどの「書くサイド」の人間には戻れなかった。自堕落な私は、バーチャルユーチューバーの配信とネット麻雀を中心に、とにかく時間の潰れる娯楽を見つけることに長けていた。小学生になった娘と一緒にクレヨンしんちゃんやプリキュアを見ながら、「このまま何をするでもなく、後はゆっくりと死に向かって行くだけの人生なのだろう」と漠然と考えたりもしていた。

 2022年某月某日、今迫直弥を名乗る人物からのメールが届くまで、まさかもう一度自分が「書くサイド」の人間に舞い戻るなど、夢にも思っていなかった。

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