第12話

 まずはハルカが作ってくれた人気ポップスのアレンジだ。

 一つ一つの音が楽しく無秩序に踊っているようで、全体を見渡せば、それらは美しく連携をとっている。それが、校内のあらゆるスピーカーから流され、伸びやかな旋律が響き渡るのだ。

 ハルカは職員室前にいた。今、横川先生が書類を探してくれている。何の書類かはハルカも分かっていない。ただ、時間稼ぎになるなら何でもよかった。放送されているピアノはすごい。それ以外の感想を許さないほど圧倒的だ。自分がアレンジした曲なのに、想像の数段上を行かれた。桁違いの表現力。私はどうしても曲を飼い慣らそうとしてしまう。だが優花は、踊らせている。自由気ままに。だからと言って音を見放す訳ではなく、優花自身も共に踊る。それは簡単なようで難しい。

 さすが、優花だ。これを無骨な教師に邪魔させるわけには行かない。

 と思っていると、ちょうどその教師が肩を怒らせて職員室から出てきた。

「あの、書類は?」

「今それどころじゃないっ!」

 そう言って、放送室の方へ行こうとする。

「それどころですっ‼︎」

 思わず、大きな声が出てしまった。横川先生も驚いたように振り向く。だが、何としてもこの教師を止めなければ。それしか頭になかった。

「あなたは、目の前の生徒を無視する非情な教師なんですか?」

 横川先生が立ち止まったままの姿勢で、銅像のように固まった。自分が幼稚な事を言っているのは分かっていたが、優花のためならいくらでも恥をかいてやろうと思う。

「横川先生は、人でなしですか?」

 自分の名前を出されたことで、誰かに聞かれるのを恐れたのか、横川先生は慌ててハルカの元へ駆け寄ってきた。

「分かったから、静かにしろ」


 ゆうとは作業を終えて、先ほどの廊下に戻ったが、ハルカの姿はなかった。そのとき、演奏が始まる。

 優花のピアノは自然だ。音が自らの意志で流れているかのように、繋がり、強弱、リズム全てにおいて何の違和感もない。ハルカのピアノとは真逆だなと思う。ハルカは、完璧に音を支配するように弾く。対して優花は、音と一体化しているのだ。

 そう分かっても、ゆうとはハルカのピアノの方が好きだと感じる。優花のも好きだが、ハルカのピアノには努力の跡が見られて、気づいたら背中を押されているのだ。


 気づけば、曲は終盤に入っていた。優花は気を引き締める。

 今までポップな音楽を奏でてきたのに、一気に激しく荒々しい音の急流が現れた。こういう所も、さすがハルカだと思う。楽しい雰囲気で、みんなの心を惹きつけておいて、最後に何もかも破壊する。そして、聴いている人々に重く問いかけるのだ。

 優花はピアノを弾く指に力を入れた。全身を震わせ、暴れるように鍵盤を叩く。肩を上げ、頭を揺らす。ピアノを大きく使って、隅から隅まで叩いていく。

 立場を忘れて、音楽に乗る教師。教室で聴き浸る生徒。曲をバックグラウンドにして、文化祭を最大限に楽しむやんちゃ集団。

 優花の脳裏に、まるで現実に見てきたかのようにそれらの光景が駆け巡る。そして、何もかもが破壊されていくのだ。

 授業中、優花は身も入らずボーッと席に座っている。何となく黒板を睨むと、それは音を立てて粉々になった。そこから崩壊の連鎖が始まる。窓ガラスが割れ、時計が落ち、机が、椅子が、ノートが、ペンが、全てが壊れていく。優花は立ち上がり、狂気に満ちた顔で笑う。心の奥底に秘めたる破壊衝動のままに、周囲のあらゆるものを破壊する。

 そして、最後にはパリンと、ガラスが割れるような音とともに、自身すらも決壊してしまう。

 そんなイメージで曲を奏でた。楽しい。ふと、斜め上から客観的に自分を見ている自分がいることに気がつく。

(今、私は自由なんだ。思うままなんだ)

 魂が体を完全に支配し、勝手に指が最高の音を生み出していた。あぁこの瞬間が永遠に続いて欲しいと思う。

 しかし、次の瞬間、最後のアルペジオが現れて全てを壊した余韻の中で、曲はゆっくりと終わりを告げた。

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