第11話
作業を終えたゆうとが、コードの端を持って放送室を出た。他の二人もそれに続く。音楽室は二つ上の階だ。
一つ階段を上がり、少し進んだところでハルカとゆうとの足がピタリと止まった。
「あっ」
と前方を指差し、思わず声を出したのはハルカで、
「やっぱりか」
と同時に溜め息を漏らしたのがゆうとだ。
優花は何がなんだか分からなかった。まずはハルカの指先を目で追う。すると、廊下の反対側に横川先生がいた。思いっきり目を合わせてしまう。先生がこちらに向かって歩いてきた。
そして次に、ゆうとが言う。
「コードの長さが足りない」
振り返ると、黒いそれはピンピンに張られていてもう伸びそうにない。
どうしよう。なんとかしないと。また目の前が真っ暗になっていく。
駄目だ。優花は、なんとしてもピアノを弾くと決めたのだった。
「ゆうと、コードはなんとかなるの?」
「パソコン室に延長コードがあるはずだから、それを使えば」
「じゃあ、今すぐ取りに行って」
そう言うと、ゆうとが駆け出した。
「じゃあ、行くよ」
優花はそう言うと、歩き始める。ハルカが後に続いた。
「お前たち、こんなところで何をしている?」
「先ほどのことを反省してました。まだ文化祭に合流すべきでないと考えたので、ここにいます」
ハルカは思わず、優花を凝視してしまう。
「どうした、何か言いたいことでもあるのか?」
とハルカは聞かれてしまった。
「いえ、なんでもありません」
まさか、優花がこんなにも堂々と嘘をつくとは思わなかった。だからこそ、彼女の言葉は真実味があるのだが。
その後も、横川先生の質問に嘘と真実を交えて答えた。
そこにゆうとが戻ってきた。優花とハルカは慌てて、横川先生の後ろに回る。すると横川先生も体を反転させ、ゆうとに背を向けた。
「何をしてるんだ?」
「なんでもありません」
優花が答える。
そのとき、ゆうとが先生の肩越しに親指を立てる。どうやら接続が終わったようだ。ハルカが目で
(ここは私に任せて)
と言ってくるのが分かった。優花はバレない程度に、はるかにありがとうを言う。
「先生、ちょっとお手洗いに行ってきます」
そう言って、優花は横川先生の脇をすり抜ける。
「先生、内申書とかにはどれくら響くんですかね」
ハルカが、横川先生に尋ねる。実際は、そんなもの全く気にしてないのに。おかげで、先生はハルカの質問に集中し、優花とゆうとはバレずに延長されたコードを持って音楽室まで駆け上がった。
ゆうとは中に入ると、引っ張ってきたコードをマイクに差し込み、それをピアノの側に置く。
「これで大丈夫」
「ありがとう」
優花がそう言うと、
「じゃあ、頑張って。今から60秒後に、放送開始するから」
と頷いて、ゆうとは出ていった。放送室に戻って、最後の操作をするらしい。その後はきっとハルカの加勢に行くのだろう。
優花は二人に最大の感謝をしつつ、ピアノの前に座った。胸がざわつくけれど、口角が上がる。今からやろうとしていることを思うと、全身が高揚してきた。
一度大きく息を吸って、吐く。
そして、軽くピアノに触れると柔らかい音が鳴り、少し時差があって廊下から同じ音が聞こえてきた。
優花のピアノは全校内に響いている。それを確認して、演奏を始めた。
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