第10話
「実はね、私とゆうとは空き巣なんだ」
悪戯っぽく笑うハルカと、状況が理解できず顔を突き出している優花。二人の表情は対称的だ。
「空き巣っていうのは、比喩表現。でもまぁ、やってることはそんな変わらないけど」
「どういうこと?何をやってるの?」
優花が質問を挟む。
「私たちは時々、夜の学校に忍び込んでピアノを弾いていたの」
「ピアノ?」
「そう。私が弾いて、ゆうとが聴く」
優花は台風の日、横川先生が空き巣が出ると言ったことを思い出した。正体はハルカとゆうとだったのか。
「でも、なんのために?」
優花は心に浮かび上がった疑問を声に出す。
それを聞いてハルカは顎に手を当てた。でも、答えを考えているという様子ではない。むしろ、答えは分かっていて、それを噛み締めているようだ。
十分吟味した後、ハルカが口を開く。
「ゆうとは私のピアノが一番好きだって言ってくれる」
ハルカが語り始める。優花は耳を傾けた。
「私にとって一番幸せなのは、大きなコンクールで多くの人に向けて演奏することより、ただゆうとのために弾くことなの。私も昔は、世界的なピアニストになりたかった。でもその夢を砕いたのは、優花ちゃんだからね。あなたのピアノを初めて聞いたとき、天から啓示されたように私には分かった。一生、あなたには勝てないと」
ハルカは一音一音を丁寧に発音した。それが優花には、言葉が口先ではなく心の奥で眠っている本心だという証明のように感じられる。
ハルカがさらに続けた。
「それでも、私のピアノが好きだと言ってくれる人がいた。そのとき気付いたんだ。私が輝ける場所はみんなの前じゃなかったって。ただゆうとの横でピアノを弾く。そこが私のステージなんだって」
ハルカは遠くを見ていた。二人の時間を回想しているのだろう。その顔はとても幸せそうだった。
やがて、ハルカの意識が戻ってくる。そして優花の顔を覗き込んだ。
「でも、」
ハルカの語気が強まった。
「優花ちゃんは違う。あなたの輝ける場所は、大勢の人の前。私が譲ったんだから、あなたは輝ける場所にいて。優花ちゃんはたくさんの人を感動させられる‼︎」
優花は思い出していた。人には輝ける場所があると。
みんなの前はもう自分の場所ではないと思っていた。でも、考えればまだ演奏すらしていない。
深く息を吸って、吐く。秋の澄んだ空気が喉を刺激し、全身を駆け巡った。
優花はハルカに頼んでゆうとを呼び戻す。そして二人に話しかけた。
「映画で見たんだけど、この部屋にコードを引いて演奏を放送できない?」
一気に捲し立てた。でも、二人は俯いて無言のままだ。自分でも突拍子のないことだと思う。映画の中の話であることは分かっている。それでも、何かやれそうな事があればやるしかない。
そう思っていた時、ゆうとが声を上げた。
「それ、いけるよ」
そう言うや否や、ゆうとは音楽室を飛び出した。二人は慌てて後を追う。
やって来たのは放送室だ。ゆうとがドアノブに手をかけると、扉はあっさりと開いた。
中に入ると、部屋の隅に映画で見た巻尺みたいなコードが置いてある。ゆうとがそれをよく分からない機械に接続し始めた。
ハルカが優花に耳打ちする。
「ああいうの、いじることだけは得意なの」
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