第4話

 優花はピアノを弾きながら、ハルカのことを考える。すると、ある映像が頭に浮かんできた。それは中学生の時に参加したコンクールでのことだ。

 優花は出番が終わって、客席で他の参加者の演奏を聴いていた。そのとき、コンクールのルールを無視して自由に曲を弾く子がいたのだ。それがハルカだった。

(ちゃんと演奏すれば賞を取れるだろうにもったいない)

 と感じたことを覚えている。

 ハルカは実力があるのに、戦うことを避けているような感じだった。どうしてだろう?


 ハルカは、斜めに降る雨を見つめている。ゆうとが体育館外の階段にその姿を見つけ、そっと横に腰掛けた。

「私は優花ちゃんが嫌い」

 ハルカは、涙を拭いて徐にゆうとに語りかける。

「初めて、優花ちゃんに会ったのは中1のコンクール」

 ハルカが鼻を啜る。

「私はその日まで天才だった」

 ハルカは次の言葉から目を逸らすように、顔を歪める。ゆうとは優しく彼女の背中に手を当てた。

「でも、でも。優花ちゃんの演奏を聞いた瞬間。全てわかった。私はこの子に勝てないのだと」

 雨が先ほどよりも細かくて優しくなった。しかし、冷たさは増していく。

「私は負けるのが嫌で、わざと曲の構成を無視した。それからのコンクールでも、優花ちゃんがいる時は、全て負ける理由を作った。私はそんな自分が嫌い」

 ハルカは膝に顔を埋め、再び涙を流す。その音が驟雨に溶けていった。長い間、姿勢も変えず泣く。体育館からは、憎たらしいほど洗練された音が微かに響く。それは心に染み込み、嫉妬と悲しみと自己嫌悪を刺激した。

 しばらく、声も上げず頬を濡らした後のこと。ゆうとがハルカの背をさすりながら言った。

「僕はハルカの演奏が、あの夜の音が、一番好きだから」

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