第3話
振り返ると、ポニーテールの可愛らしい女の子がいた。見たことあるような顔だったけど、思い出せない。
「そうだけど……」
と応じると、いきなり手を掴まれた。
「あれ、右手怪我してるんだ」
その子が、夏目先生が巻いてくれたテープを見つめる。
「まぁいいや。とりあえず来て」
そう言うと、彼女はそのまま掴んだ手を引っ張って体育館外の渡り廊下まで連れて来られる。さらに優花たちの後ろを眼鏡の気が弱そうな男子が追いかけてきていた。
「ちょっと待って。どういうこと?」
そこで優花はようやく手を振り解く。いきなり横川先生の言うことを無視してしまった。また怒られたら嫌だなと思う。
そこに、男の子が追いついた。少し息が上がっている。
「もしかして、私が誰か分かってない?」
優花が頷くと、女の子は驚いたような顔をしたが、すぐに納得したようで
「私はハルカ、この高校の2年」
一つ後輩だ。
「それでこっちは同級生の、ゆうと」
「よろしくお願いします」
ゆうとがお辞儀をした。連れれて優花も頭を下げる。
「さぁ、じゃあいくよ」
ハルカはそう言うと、再び歩き出した。ゆうとが黙ってその後を追う。優花もついて行かざるを得なかった。
辿り着いたのは、音楽室だ。まだ戸締まりはされてないらしく、扉を開けて中に入る。
「じゃあ、それ運ぶよ」
「えっ、グランドピアノを?」
ハルカはあの大きくて黒いピアノを指差しているように見えた。
「違う違う。その横の、電子ピアノ」
そうやって、指を少しずらした先にあったのは……、
「あっ」
優花は思わず声を出してしまった。
「私の」
「えっ、この電子ピアノ優花のだったの?」
そうだ。以前、クラスで班毎に出し物をしたときに家から運んだものである。持って帰るのが面倒で、夏目先生に頼んで置いてもらっていたのだった。
「じゃあ、ちょうどいいや。使っても良いよね?」
ハルカの声に、優花は頷いた。
そうして3人で、電子ピアノとグランドピアノの椅子を体育館まで運んだ。
ハルカの同級生と思われる生徒が数人、集まってきた。交友関係は広いらしい。ハルカがみんなに向かって一礼する。
あの黒い皮の椅子に座るや否や、いきなりピアノを弾き始めた。
曲はポップで病みつきになりそうなメロディーから始動する。だが、気がつけば小川を流れ切り音が急流に入った。ハルカの手の動きからも、その激しさが伝わってくる。しかし、彼女は正確に一つ一つの音を掬い上げていた。
さらに曲は眠っている野心を煽り起こすように転調する。そこで、ハルカは優花をチラッと見た。
優花もピアノの経験は長い。だから、アイコンタクトだけで何が言いたいのかは分かった。
テープの巻かれた、人差し指を動かしてみる。すると、先ほどよりはかなり回復していた。痛みも少ない。いけるかも。
そう思って、優花はハルカの隣に腰掛けた。そして、鍵盤に指を下ろす。ハルカの奏でる音を予想し、最も心地よいハモリを探していく。二人の奏でる物は、複雑に絡み合いより深く濃い情動を示した。
曲がクライマックスに差し掛かる。
聴いている人たちのボルテージが上がるのが手に取るよに分かった。気づけば、体育館中の生徒が集まっている。
(よしっ。このままなら行ける)
そう思った瞬間、優花の横から「ガーン」と鍵盤を叩きつけた音がした。振り向くと、ハルカは立ち上がっている。その目は泳いでいて、現実を捉えてはいなかった。
「一人で弾いて」
そう言うと、ハルカは足速に体育館を出ていく。慌ててゆうとが後を追うのが見えた。優花は嫌われるようなことをしたかと、不安になる。
しかし、観客はあまり気にしていないようで次の曲を弾いてくれとせがんで来た。
仕方なくもう一度指を動かす。聴いている人は盛り上がっていくが優花の心では音が遠ざかる一方だった。
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