第2話

 蛍光灯の暖かい光が、優花を慰める。

「はい。これで応急処置はOK」

 そう言って、晴れやかな笑顔を浮かべているのは夏目先生だ。そのポニーテールが眩しい。彼女は音楽教師かつブラスバンド部の顧問だが、前は保健室の先生だったようだ。そのため、たまに助っ人としてここに現れる。

 優花も授業が憂鬱なとき、仮病を使ってよく保健室に来るのですっかり仲良しだ。

「先生、放課後もここにいて良いですか?」

「問題ないけど、私は部活があるから行かないと」

「大丈夫です。一人で自習してます」

 優花はさっき夏目先生が教室から持ってきてくれた鞄を指差す。

「分かったわ」

 そう言うと、夏目先生は荷物をまとめて出て行った。

 先生の机を借りて、数学Bの教科書を広げる。孤独なはずなのに、この場所はなぜかそれを感じさせなかった。


 日が沈んだ。窓の外では、雨が隙間なく降りつけ、風が轟音を奏でている。

「ガラララララ」

 夏目先生が戻って来た。ということは、かなり時間が経ったらしい。

「そういえば、優花ちゃんペンは持てたの?」

 先生が荷物を下ろしながら聞いた。優花はテープの巻かれていない左手を自慢げに掲げる。

「私両利きなんですよ」

「ガラガラガッララ」

 そのとき、荒々しく扉が開く。入って来たのは、なんと横川先生だ。一瞬優花の方をチラッと見たが、すぐに無視して夏目先生に言う。

「大変です!麓で木が倒れて、道が塞がれました。今学校にいるものは泊まりになると思います。誰がいるか把握したいので体育館に集まってください」

 この学校は山の上にあり、降りていく道は一本しかない。そこが塞がると、閉じ込められてしまうのだ。それを横川先生はなぜか自慢げに言った。

「あと、これを」

 そう言って差し出されたのは、警棒だ。

「最近、夜、この学校に忍び込んでる奴がいるようで。念のため護身用に持っていて下さい。私のは別にあるので大丈夫です」

 早口で言い終えると、最後に優花を睨んで去っていった。

 優花の胸に嫌な感覚が広がっていく。保健室でこんな気持ちになるのは初めてで、少し悲しかった。しかし、

「いきましょうか」

 と夏目先生の優しい声が聞こえて、深く考えている暇もなく、保健室を出る。扉を閉める前に電気を消すと、中の風景が一瞬にして消滅し、暗闇だけが残った。


 体育館に集まった生徒は20人ほどだ。優花を含め全員が2列に並び、その前で横川先生が仁王立ちしている。

「えー、注意事項は以上です。私は山の中腹にあるコンビニに夕食を買ってくるので、ここで待機してください。体育館からは出ないように」

 そう言って、横川先生が出ていった。それを確認した瞬間。後ろから不意に肩を叩かれた。

「北川優花ちゃんだよね」

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