第29話 胃袋を掴めばこっちのもの
最初に炊き出しをしてから1週間が経った。
騎士の二人もずっと荷車をひいてくれていて助かった。
あれから初日には来ていなかったが噂を聞きつけて来てくれるようになったりして、ほぼ貧民街のすべての人が来てくれるようになった、忙しくなったのだけれども、館の使用人も手伝ってくれて何とかなっていた。
そして何より最初は怪しげな者を見るような目で見ていた院長も、子供たちが率先して手伝ったり、炊き出しが終わるとその日に有った問題が次有ったらどうするかなど話し合うようになり、暗かった表情も常に笑顔が出るようになって来た、と感謝の言葉を貰えるまでになっていた。
話してみると院長は良い人で、最初は貴族様の戯れでどうせ2・3日もすれば飽きてやめてまた元の生活に戻るのだからやめて欲しい、とまで思っていたそうだ。
実際そういう貴族ばかりなので返す言葉が出なかった。
集まってきた人たちにも色々と聞いて回ったところ、意外と元職人見習経験者も居たり、村から出てきて簡単な読み書きは出来るが算術が出来なくて仕事を探すも採用されずに気づけば手持ちが無くなり貧民街のお世話になってるといった人も居た。
雇う側としては即戦力が欲しいのでつい能力で採用を決めてしまう節がある、自分もケイコに出会う前は、能力を持ったものを採用してすぐ仕事をしてもらう、という考えだったが、教えて育てるほうが後々を考えるとそっちの方が良いと言われてそうなのかと思うようになってきた。
それから数日、炊き出しに集まった者に今日は最後まで居るようにと一言告げておいた。
そして最後の人にスープを渡し終えると、おれはみんなの前に立ち説明を始める。
「みんな、食べながらでいいから聞いて欲しい。実は俺の領地にて移民を受け付けていて、この中から移民として来ても良いという人を探そうかと思っている」
一通り話終わるとほとんどの者が食べ終わっていて、何やら考え込む者、周囲で固まって話し合ってる者などがちらほら出てきていた。
「あの、質問してもよろしいでしょうか?」
近くにいた若い女性がおそるおそるといった感じで手をあげて聞いてきた。
「はいなんでしょう?あっ、皆さんも俺が貴族というのは今は忘れて気軽に聞いてくださっていいですよ」
「採用は男だけなのでしょうか?」
詳しく聞くと、話の中で例えで職人や工事の力仕事をだしたので男性だけを求めてると思ったようだった。
「いえ、女性でもできる仕事もありますよ。そうですね、例えば今ここに居るアリサの元で見習いとして働いて、ゆくゆくは使用人として独り立ちする、なんてことも出来ます」
簡単に説明をすると「御貴族様の館で働けるの?」「わたしは簡単な読み書きなら・・・」等々みんなざわめき始めた。
「静かにしてください、ですがここに居る全員となると俺の領地は地方でまだ貧しいので難しいのもありまして」
先ほど迄希望で笑顔だった人たちが全員移民できないと知ると急に静かになって暗い顔になってしまった。
「実際何人迄連れていけるのか聞きたい」
「生活が安定するまでの支援をするのを考えてますので今回は家族込みで50人が限界です」
「ここに居る人の半分くらいって事か。・・・なあひとつ提案なんだがいいか?」
質問してきた男はちょっと悩んだ後に提案をして来た。
「住む家は最初は共同でまとめて住むことにして支援も最低限の食事くらいだとしたらみんないけないのか?ここに居る者たちは皆、働かせてもらえるなら正直それだけでもありがたいと思ってるやつらがほとんどだと思うんだが。なあみんなそうだろ?」
男の問いかけに首を縦に振る者や「そうだ、働き口用意してくれるだけでもありがたい」という人がほとんどだった。
それからも色々と聞いていると、切り詰めて生活を送って食事が満足に取れなくて体に力が入らなくなる、そうなると仕事でミスを連発する、そんな者を雇う者はいない、解雇されると噂が出回りその業界では採用されなくなる、と負の連鎖で気づけば貧民街に居るという者が多いそうだ。
働けるのなら働きたいという意思を持つものが大半みたいで、この話を真剣に聞いていたのもそのためなのだろう。
「そうですね、ここに居る希望者全員は出来なくはないですね。でも最低限の保証しかできなくなりますよ、食事もこの炊き出しの様な質素な物しか出ませんしお給金も少ししか出ません、それでも働きたいのですか?」
「なっ、ケイコ殿?」
突然ケイコが俺の横に出てきて集まっているみんなに話しかける、内容に驚くもみんなの反応を見ると「それはできません」とか言える状況じゃなくなっていた。
ケイコは俺を見て「一度どん底を味わってもまだやる気のある人は成長して化けるかもしれませんよ」と耳元でささやいてにっこりと笑う。
後ろにいたアリサを見ても笑顔でいるだけだったので、俺はあきらめてもうどうにでもなれという気持ちだった。
「そうだな、こちらの調整などもあるから後日また話したいと思う」
そう言い今日は終わると伝えると集まってた人は家路に帰っていった。
その後院長にはまだ炊き出しはするからと伝えて俺たちも帰ることにした。
帰り道にケイコにどうしてあんなことを言ったのかと問い詰めると、
「やる気のある労働者が一気に手に入るチャンスでしょ、それに私も最大限協力するから、ねっ」
と笑顔で言われてしまった。
館に戻ると領地に居るベックに事の顛末と移民用の家の建築を多めにしてほしいと手紙に書く、そして俺は大丈夫なのかなと心配で頭を抱えてしまう。
翌日には当初の予定通りケイコとパルミール女神様の支度が整い領地に帰る事となった、昨夜書いた手紙をベックに渡してくれと預けて二人を見送ると館の使用人二人とアリサ、それにいつもの騎士二人を連れて貧民街の孤児院に向かうことにした。
いつも通り炊き出しを終えると数人が俺の元にやってきた。
「あの、これが移住希望者のリストです。勝手な事かと思いますが少しでもお役に立ちたかったもので、読み書きのできる者でリストを作ってきました」
そう言って差し出してきた物は数枚の木の板に炭で書かれた物だった。
「これを一晩で?君たちが?」
「はい、アブド様のお話の後で私たちが考えて希望する者と残る者を聞いて回り、希望する者だけ名前を聞いて書きだしました」
それを聞いて、昨日の今日で自分たちで考えて行動したってすごいな、と思いながらありがとうと伝えて俺たちは館に帰ってきた。
館に戻るとアリサと紙に書き写しながら人数を数えていく。
「それにしてもこのリストを作った者なかなかに優秀ですよ。名前と年齢だけでなく技能も書かれてますよ。あっ、この人なんて元兵士だとか、でも腕を痛めて引退ってありますね、でも年齢的に見ても指導するくらいならできそうです」
アリサは書き写しながらよくできたリストだと褒めていた。
作業をしているとオリビア王女が帰ってきたようで使用人が賑やかに動き回っていた。
俺たちも出迎えるために玄関に移動する、到着すると同時に門から馬車が入ってきた。
馬車から降りてきたオリビア王女は疲れた顔をしていたがどこか晴れやかな表情を見せていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます