第10話 領地初の商会とお抱え商人


王女殿下が帰ってから数日後、水車を依頼していた職人から「水車の事で相談がある」と言われて、俺たちは職人の工房にお邪魔している。


来てみると第一声に「同じ大きさの見本をいくつか作った、確認してくれ」と言われてケイコは一つ一つ見ては「これじゃ回らない」「これだと軸がすぐ折れる」「これは論外」と厳しい評価を出していく。

対する親方も、ならこれとこれの良いとこを合わせて、とすぐに作業に入りものの数分で組み合わせた水車の見本を出してくる。


俺が見てもどれも精巧な作りでどこが悪いと言われても良く分からない感じだったので、隅で出されたお茶を飲みながらケイコと親方たちの様子を眺めていた。


しばらく言い合っていてたが、最初は的外れな事を言っていたらしい親方も理解してきたのかケイコも「そうそうそんな感じ」とか何やら楽しそうな会話へと変わっていった。


そして数時間話し合うとまた見本づくりを頼み俺たちは工房を後にした。


数日後完成したとの報告を受けて工房に行くと、ケイコの作った見本より少し大きめな見本を出してきた、確認してケイコから合格を貰いそれを持って川まで行って試してみようとなった。


川に着くと土台の軸受けを立てて水車を設置すると、水の流れに合わせてゆっくりと回り始めた、横に着いた箱状の物には水が入り水車の上部に着くと水が流れ出てくる。


それを見てケイコはうんうんと頷き、職人たちは歓声をあげる、近くで作業をしていた領民も何事かと見に来ては水車を見て「何だこれは」と口々に言っては驚いていた。


一度軸受けを解体して工房に戻ると、今度は製品となる直径4メートルの水車の制作依頼を出し、見本の制作依頼の報酬を支払うと金額の多さに職人たちはおどおどしながら「こんなにもらえねえ」と言ってくる。


「貴方たちはそれ相応の仕事をした、それに見合う報酬を受け取るのは当たり前」


とケイコにビシッと言われるとそこまで言うならと親方が報酬を受け取る。


「ようし、そうと決まれば今日は食堂に行ってハンバーガーで乾杯だ」


と弟子たちを連れて飲みに行ってしまった、俺とケイコは工房の前でぽつんと置き去りにされてお互いの顔を見て笑いながら領主館に帰っていった。



それからはテリヤキソースの販売で忙しくなり、「人手が足りん」「このままでは過労で倒れる」と俺とケイコとベックでぼやきまくる日々が続いた。


「もう無理、人を雇いましょう」


ある日、ケイコがそう言うと、俺たちはお互いに顔を見合わせる、忙しすぎるので「人を雇って商会を作って販売を任せましょう」という事らしいが、領民で手の空いてる人はもう宿屋や食堂の従業員などで働いており、それ以外だと畑仕事に支障が出てしまう。

その事を伝えると、


「この領地で一番商売を知ってて、なおかつこの領地に昔からいる人が居るじゃない」


となにやらもう誰を雇うのかが決まっているとばかりの言い方をしてくる、俺たちはそんな人いたか?と首を傾げると、


「まだ分からないの?マッツォさんがいるじゃない」

「マッツォ?あの人は行商人で商会はないはずだけど」


俺の言葉にケイコはそれがいいんじゃない、と話し始めた。

理由としては、行商人として各地で商売をしているため各方面につながりがある、商人として独り立ちしてから約10年ほどやっている、見習のころからこの領地に来ている、そして何より自分の利益になるような商談はするが相手を陥れてまで利益を得ようとする商談をしない、最初にソースを領外に持ち出して噂を広めてくれた。


「だからマッツォさんにこの町で商会を立ち上げてもらって、ソースの販売を委託すればいいのよ、そのための資金は貸付でもいいし、ソース販売の委託契約に盛り込んでもいいし、とにかくあんな優良な人材、早めに確保するに限るのよ」

「ケイコ殿がそういうなら、次にこの街に来た時に打診してみるか」


今でもマッツォには他の商人とは違う契約で儲けさせているわけだから、これ以上儲かると分かれば食いついてくるのかな、と考えながら了承して、ベックたちに来たら話があるからと伝えてくれと話しておく。



そしてマッツォは弟子を連れてソースの引き取りと掛け売りの代金を持って来たので、応接室で勧誘をする。


結果は、契約内容を言う前に二つ返事でやりましょう、と答えてきた、『マジでこんな奴に任せても大丈夫なのか?』とちょっと不安になりつつも契約の内容説明をケイコが始める。


まずは最初にも見せたが特許と販売権利を組合が発行した書類を再度見せてから、何か問題が生じたら私かリゲル様に知らせてくれれば組合に調査の依頼が出せますし、悪質だと思われる人にはこの書類の事を言ってもらえれば引き下がるかと思いますと説明。

次に契約は商会に卸すときは今まで通り掛け売りで価格は卸価格という事で小ツボ一つで金貨1で販売価格は自由、売れた個数分×卸値を毎月納金していただければいい、ある程度広まって買い付けに来る者が少なくなるまでは一グループ300ミリリットル入り小ツボ一つだけとする。

と説明していたので、俺が最初の年は商会の税金免除にすると伝える。


そして商会設立の資金の事についてとなった時、


「資金はこちらで出しますので大丈夫です、ソースで大儲けさせてもらいましたので、そろそろこの町で商会の設立の申請をしようと思っていた矢先にお話を受けたので、つい話も聞かずにやりますと言ってしまったのですけどね」


と頭を掻いて恥ずかしそうに答えた。

そしていくつかの中古の建物と土地を見繕ってあることを告げると、すぐに見に行きたいと言ってマッツォを連れて数件の土地や建物を見にいきその場で決めた。


場所は中央の広場に面した土地二区画で片方には二階建ての店舗兼自宅が立っていた。

この建物は去年まで老婆が薬屋をしていた場所だが、今は引退して孫家族と住んで生活している、商会を立てると話をしたら土地代だけで譲ってくれたのでマッツォは喜んでいた、隣の土地は所有者が亡くなって家族もいなかったために、建物を撤去した後は領主である俺の所有となっているので、相場通りの金額で譲る形となった。


屋敷に戻ってもろもろの契約や手続きを終えると、マッツォは開いた土地に厩舎と馬車置き場、それに倉庫を作るため木工職人の元に行くと軽い足取りで向かって行った。


「これで忙しさから解放されるわね」


とケイコは笑いながら話していたが、これから料理コンテストの準備が、というと「あーあー、きこえなーい」と執務室から出ていってしまい俺とベックは顔を見合わせて笑っていた。


アブド男爵家お抱え商人のマッツォ商会が誕生した瞬間であった、のちに国内で1,2を争う大商会になるのだが、そんな事になるとは今は誰も知らなかった。











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