黒幕の正体

「それで?どうだったの、向こうでの収穫は」

 施設での取材を終え、深夜に文化荘へと戻ったボクは、円卓でモデルさんへの報告会を行うことになった。彼女はボクがここに住む事を決めたときからずっと事件の小説化を切望しており、取材から帰る度にその進捗を知りたがった。部屋を提供して貰った恩義から無下に断る事も出来ないので、まるで大家に家賃を振り込むかの如く、毎度彼女の質問攻めに応じるのが恒例になっていたのだ。


「まず間違い無く、今までで一番の収穫でした。今回の取材を持って漸く、ボクの小説は完成します」

「じゃあ、遂に……?」

「えぇ。事件の謎は全て解けました」

「あら!頼もしいわね、早速聞かせて頂戴よ」

「勿論です。ただその前にお尋ねしたい事が……写真家さんは今どこに?」

「あの子は昨日から遠征で居ないわよ。なぁに?最後の推理披露をあのコにも聞かせてあげたかったの?」

「いえ……問題ありません。では始めましょう。まずはこの写真を見てください」

 円卓に広げた資料の中から、例のツーショット写真を取り出してモデルに見せる。

「この二人は誰かしら、姉妹?良く似ているけど……」

「次にこちらの写真を見て下さい」

 続いて取り出したのは波の華の写真である。

「あら、綺麗……さっきの写真と比べて随分と新しいわね。この2枚にはどんな関連があるの?」

「どちらも画家さんの居た児童養護施設にあった写真です。説明が前後しますが、まず2枚目の写真、これは波の華といって、日本海側の沿岸部で冬場に見られる特殊な風景を写したものです。特定の条件下で、プランクトンの死骸や海藻類の粘液が波に打ち上げられ波打ち際に蓄積し、凍って白い泡状になったものが強風によって空へと舞う現象なんですが……この写真は写真家さんが大学生の頃にコンクールで受賞した作品なんです。作品名は『波の華』」

「あら、それってつまり……」

「お察しの通り。写真家さんも例の施設の出身だったんです。そして1枚目の写真は画家さんと写真家さんの幼い日の姿なんですよ」

「同じ施設出身だったのね。けどもし彼女が画家の幼馴染みだったとして、今回の事件に関わってるとは限らないじゃないの」

「残念ながらボクの推理では確実に、料理家さんの他に今回の犯行に携わった人物が居ると結論が出ています。そして画家さんとの過去の関係を隠していた写真家さんこそ、この事件の全てを裏で操っていた真の黒幕……その条件を満たしている唯一の人物なんです」

「じゃあ、その事を言わなかった料理家は、わざわざ彼女を庇ったというの?確かに初めあのコを連れて来たのは彼だけど、知り合ってたかだか3年でしょう?彼が盲信していたのは画家だけだわ。自らの人生を投げ打つような深い関係性が、あの二人の間に築かれていたとは到底思えないけれど……」

「順序立てて説明します。まず今回の事件は料理家さんの自白だけでは補完できない箇所が多過ぎるんです。彼の話では画家さんの自殺の真相を知っていることを仄めかし、脚本家さんを焚き付けて俳優さんを殺害する手伝いをさせ、後から脚本家さんを裏切って殺したという話でしたよね。ここで浮かぶ疑問は、やはり脚本家さんの才能……あの予言めいたプロファイリング能力です。警部さんも言ってましたが、彼は料理家さんから一連の話を持ち掛けられた時に、どうして自分が殺される事を予測出来なかったんでしょうか?」

「それは……なにか不明瞭な要素があったんじゃない?画家さんの自殺の原因が把握出来なかったみたいに、料理家さんにも核心的な情報を隠されていたとか」

「その通りです。そしてその隠されていた情報というのが、実際に一連の犯行を企てた人物……写真家さんの存在だったんですよ。彼女は料理家さんすらも騙して操っていた可能性がありますが、それはまた後で話すとして。恐らく脚本家さんは、共犯を持ち掛けられたりはしていなかったのではないかと思います」

「もし共犯じゃないのなら、彼はどうしてあんな台本を書いたのかしら?」

「料理家さんが、画家さんの自殺の原因があの舞台だと主張していたのは憶えていますよね。彼が脚本家さんに伝えた真相というのは恐らくその事だと思います。きっと脚本家さんはその話を聞いてから、少なからず製作者としての罪悪感を感じていた。そして罪滅ぼしとして、あの舞台に関わった人達が復讐の名の下に殺されていく物語を考えた……作品を生み出す上で、背負わなくてはならない責任をテーマにした台本を世に送り出す事が、彼なりの贖罪だったんです」

「なるほどね、それならあの台本が書かれた理由としては納得出来るわ。けれどアタシに何の断りも無く文化荘を舞台にするなんて……」

「そんな理由だからこそですよ。彼は自分の罪悪感から生み出した作品にモデルさんを巻き込むことを憚った。だからギリギリまでモデルさんにはその存在を隠していたんじゃないでしょうか?きっと然るべき時に出演をオファーして、快く認めて貰うために……恐らく、あの作品はまだ完成していなかったんです。そして台本の質を高める為には俳優さんとリハーサルをする必要があった。だからあの日、彼らは未完成の台本でリハーサルを行ったんです。モデルさんに知られない様に、ひっそりと」

「ごめんなさい、少し整理させて頂戴。その前提なら、やっぱり脚本家さんが人殺しに協力するはずがないわよね……じゃあ事件の前日、この場で行われていたのは本当に、ただの舞台のリハーサルだったの?」

「そうです。そしてそのリハーサルを利用して、本当の事件が起こされた。彼らが再現した場面を考えれば、誰がその場に居たのかは自ずと導き出されます」

 ボクは資料の中から『文化荘の殺人』の台本を引っ張り出す。

「最初の場面で必要なキャラクターは以下の通りです。まず主演の俳優さん、彼は直前まで106号室に脚本家さんと居て、自室に移動します。次に第一発見者として叫ぶ男性A、その後105号室のドアを叩いて俳優さんを呼び掛ける女性B。そして予めサニタリーに潜んでいて、リビングに向けて廊下から包丁を見せつけて俳優を脅す男性C……本当に脚本家さんが倒れている必要は無いですから、計4人ですね」

「俳優さん以外を当て嵌めるのね?男2人に女1人……脚本家さんは最初の場面で106号室にいる必要があるから、105号室のサニタリーに隠れていることは出来ないわね。つまり彼が外廊下で第一発見者を装って叫んだ男性Aだとして……包丁を持った男性Cが料理家ね。女性Bは写真家さんかアタシしか演じられないわ」

「脚本家さんとしては、リハーサル段階でモデルさんに作品の存在を明かす事は出来ません。つまりあの日、夕食に睡眠薬を盛られて眠らされていたのは音楽家さんとモデルさんの2人だけで、残りの住人は全員で大掛かりなリハーサルをしていたんですよ」

「あーあ!そんな大声で話されちゃ、外に全部丸聞こえだよ!」

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