画家の出自

 料理家との面会を経て、悶々と考え続ける日々が続いた。彼と話せば事件への理解が進むと考えていたが、逆に謎は深まってしまった。

 あれから再度、料理家への面会を申し込んだが、興奮状態にさせたのが不味かったのかボクはブラックリスト入りしたようで、裁判の時期などを理由に断られ続け、許可が降りる事はなかった。

 死んだ画家との再会……料理家の言葉の真意は依然として掴めていない。資料を眺めながら、何か見落としている事がないか必死に頭を絞る。死者が蘇ることはまずあり得ない。孤独に耐えかねた彼の心が生み出した幻影か、それとも画家の意思を明確に示す物を見つけたのか……何にせよ、彼は死んだ画家への想いに振り回された挙げ句、あの事件を起こしたことだけは確かだ。


「確かに料理家さんは思い込みが激しかったわね。それが彼の自信にも繋がってカリスマ性を与えていたと思うから短所とは言い切れないけど、画家さんと再会しただなんて……かなり参ってたんでしょうね」


 面会の話を伝えた際のモデルの台詞である。その後、彼女に画家と初めて会った時のフランスでの思い出話を聞かせて貰いもっと画家に関して深く調べる必要があると感じたボクは、警部から「迷惑だけは掛けるなよ」と注意されつつ教わった、児童養護施設へ直接足を運ぶ事に決めた。

 アポ取りの為に電話を掛け、出来る限り丁寧に事情を伝えたところ、当時勤めていた職員が現在、院長としてまだ現役で働いている事が分かり、取材を認めて貰う事ができた。


 都内から北陸新幹線を使い、更に電車とバスを乗り継いで約5時間。日本海を望む海岸沿いの小さな町に着く。想像していた寂れた田舎と違い、観光地として整備された小綺麗な地域に画家の暮らしていた児童養護施設はあった。今現在も十数人の子供が暮らしている中型の施設である。

 出迎えてくれた院長は小柄な高齢の女性で、電話を受けて昔のアルバム等を用意してくれていた。

「あの子は大人びた子でしたね……かなり早い段階から字が読めて、寄付された本から誰も読まない難しいものばかり選んで黙々と読み漁っていました。絵も上手でね……」

 画家の出生に関しては興味深い話が多かった。彼女はとある秋の日に、籠の中で毛布に包まれて玄関の前に置かれていたという。この施設では度々同じ様に何の手掛かりもなく置いていかれる赤ん坊がおり、見殺しには出来ないので引き取るしかないらしい。金銭的な問題から子供を授かっても育てられない親の、苦渋の選択だと思えばある程度の同情もできるが画家の場合は少し違っていた。なんと彼女を引き取ってから1ヶ月ほど経とうかという頃、施設に大量の寄付金の振り込みがあったらしい。名義は不明だったがその寄付は定期的に振り込まれ続け、彼女が十八歳になって施設を出たあと2年ほどしてから途絶えたという。

「その寄付って十中八九、画家さんの親族によるものですよね?連絡は取らなかったんですか?」

「匿名で銀行を介して振り込まれていたので……それにご厚意として受け取ってはいましたが、暗に口止め料だろうという雰囲気を感じていましたから、誰も深くは詮索しませんでした」

 院長は申し訳なさそうに答えた。児童養護施設の経営は苦しいものだとよく聞くが、ここも例に漏れずそうだったのだろう。せっかくの寄付が無くなる恐れのある行為は出来なかったに違いない。施設を案内してもらう中でも、子供が過ごす遊戯スペースや立派な図書室、備え付けの備品など、少し古くても見るからに高額な物が点在していて、その寄付がかなりの額であった事が見受けられた。

「あの子は特別でしたよ。頭が飛び抜けて良かったのもそうだけど、どことなく気品に溢れてた。寄付金のこともありましたから、間違いなくそういう血筋の出なんだろうと職員の間では噂になってました……」

 彼女は恐らく高貴な家柄の人間だった。ただどういう訳か、表立って認知できない存在として産まれ、その有り余る才能を持て余したのだろう。そしてなんの因果か、この世で最も人の目を引く事に長けた才能を持つモデルと巡り合い、文化荘へと誘われた。

 その結果、文化荘の面々が例外無くモデルに惹かれていた中で、何故か料理家だけが画家に執着する事となった。それこそ狂信的に、彼女の為なら殺人も厭わないほどに……彼はその才能で、画家の中に流れる高貴な血筋を嗅ぎ分けたとでも言うのだろうか?そんな事を考えていた矢先、ある物が目に入る。

「これはなんですか?」

 廊下の壁に、新聞記事や写真を額に入れて飾っている箇所があった。コンクールの賞状など、明らかな年代物から新しい物まで……中には作品の写真が載っている物もある。

「あぁ、それね。ウチの子達が何かで表彰されたりしたら、記念に飾る事にしてあるんです。賞状やトロフィーとか貰っても飾る実家がないからって、ここを出てからも色々送ってくれる子達が多いんですよ。あの子は学生の頃から絵画コンクールで何度も受賞していたから、特に沢山あります」

「そうなんですね」

 何気無くそれらを眺めていると、一枚の写真に目が止まる。海岸に白い泡が舞う幻想的な風景を捉えたものだ。

「あの、この写真は……」

「それもウチの施設の子が撮ったものですよ。ここらの土地の観光名物で波の華って言うんです。確かその子も当時、もう施設を出ていましたけど、コンクールで受賞したからと例によって送ってくれたんです」

「その人はどうしてこの施設に?」

「この子もウチの前で籠に入れられた状態で見つけられて、引き取った子だと記憶しています。確か、アルバムに……」

 質問に答える院長の声をぼんやりと聞きながら、壁に飾られた波の華の写真から目が離せない。

「あの……大丈夫ですか?」

「あ、えぇ。すいません。色々とお教え下さってありがとうございます、十分取材させて頂きました。ご協力感謝します」

「あら、もう御帰りになるんですか?この写真は見て行かなくてよろしいの?」

 院長が指し示すアルバムのページには、二人の子供が仲良さそうに並んで写っている。服装も髪型も違うが、幼いながらも聡明さを感じさせる顔つきは良く似て見えた。

「波の華で受賞した子と写ってる写真ね。あの子は写真嫌いでなかなか写りたがらないんだけど、この時だけは記念にってツーショットを撮ったんですよ。仲が良かったから……そういえば、あの子が定期的に施設へ送ってくれていた仕送りに、この子への手紙も時々入っていたかしらねぇ……」

「あのすいません。この写真、撮らせて貰っても良いですか」

「えぇ、どうぞ」

 何枚かアルバムの写真を確認しながら、目ぼしい物をケータイのカメラに納め、帰路についた。バスに揺られながら、頭の中で事件全体の構想を練り直していく……ボクは自分の中で、バラバラだった幾つものピースが収まるべき場所にピタリと嵌まった感覚を、はっきりと味わっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る