モデルへの疑惑
「おいおい、フランチャイズのピザ屋はカットすらまともに出来ねぇのかよ!俺様はローマピッツァからナポリピッツァ、ピザトーストまで完璧にカット出来るけどなぁ!」
警部がモデルに言付けた内容を目敏く聞いていた料理家は、配達員の肩を持つ素振りを見せる彼女がエントランスホールから出るや否や、大袈裟にそう嘯いた。
「もう料理家さん、そんなとこで張り合わなくたっていいでしょ!皆さっきの料理だって褒めてたじゃん」
写真家に諫められ、料理家は不貞腐れる。理由を知っても尚、自分の聖域である文化荘にチェーン店のピザをデリバリーされたのが嫌だったらしい。
「警部だけはパイ包みのスープに文句言ってたけどねぇ」
音楽家がニヤついて横槍を入れる。
「あれはわかんねぇよ。俺は普段あんな洒落た飯なんか食わねぇんだから」
「悪かったよ、さっきも謝ったろう?」
「まぁ知ったかぶりして食べようとした俺も悪かったがな。それにしてもニンニク臭くて堪らん」
「直接そのニンニクスープの付いた服を着てる警部に対抗するつもりはないけど、俺様の方が厳しいぜ。常人の五倍は敏感な嗅覚のせいで、エントランスホールにいる間ずっとニンニク責めだ。お陰で向こうの廊下のピザ臭は掻き消されて助かるけど」
「あのピザの匂いまで嗅ぎつけてたのか?流石だな。俺は開けて中を見たが、もう冷めててほとんど匂いしなかったぜ」
「玄関で気付いたよ。黒幕のヤツ、きっと俺様に精神的苦痛を味わせたかったに違いないな。もしかしたら画家の遺書とやらに俺様が言い寄ってたことも書いてあったのかも……ダメだやっぱり殺される!よく考えたら、木が倒れてきたのだって偶然にしちゃ出来過ぎてるぜ」
不貞腐れた顔から一転、青褪めて騒ぎ始めた料理家に警部が呆れた様に声を掛ける。
「怒ったり怯えたり忙しい奴だな、少しは大人しくできんのか」
「そういう警部だって、さっきスープ溢した時は慌てたり不貞腐れたりで大忙しだったじゃんか」
「わかったから、もうその事は言わんでくれ……そういえば、お前らに聞きたい事があるんだ。まず料理家、お前さんは昨日何時に寝たか憶えてるか?」
「え、昨日?確か夜食を作り終えて……午後十一時くらいには寝たかな」
「ふむ。写真家さん、アンタは?」
「えっ私⁉︎どうだったかな……確か晩御飯食べてそのまま早めに寝たよ。ほら、タレコミの手紙があったから今朝は寝坊しちゃいけないと思ってさ」
「なるほど。晩飯は大体何時くらいに食べたか憶えてないか?」
「うーん、九時くらいかなぁ。十時前には食べ終えてたはず」
「あぁ、それは間違いないな。俺様が帰って来たのは十時くらいだったけど、その時には全員分の晩御飯用プレートが返却用シンクに置かれてたから」
「そうか、午後九時から十時ね……音楽家よう、アンタ昨日の夜に聞いた音の中に違和感はなかったか?いつも全員分の生活音くらいは聞こえてるんだろ?」
「あぁ、いつもはそうなんだけどねぇ……昨日はいやに寝つきが良くて、料理家さんが帰って来て料理作ってる音を聴いてる内に寝てしまったんだよねぇ」
「飯は何時頃食ったか覚えてるか?」
「八時くらいだったかなぁ、写真家さんのプレートはまだ冷蔵庫の中にあったねぇ」
「うん。私が晩御飯を食べようとした時には、他の人の分はもう冷蔵庫には無くて、プレート返却しに行った時もシンクには私以外全員分のプレートがちゃんと返されてあったよ」
「なるほど……じゃあ脚本家と俳優、それにモデルの三人は午後八時より前に晩御飯を食べ終わってたワケだな」
「そういうことになるねぇ」
「そんな事聞いてどうすんだ?」
不思議そうにしている三人に近寄るよう合図し、警部はひそひそと小声で話し始めた。
「もし、この事件が昨日の夜のうちに総て仕組まれたんだとしたら、犯人はどうやってそれを実行したのか考えてみたんだ……そしたらある事に気付いちまった」
「何に?」
「音楽家が邪魔になるってことにだよ」
「え、オレ?」
「お前さんが起きている限り、この屋敷内の行動は全部、音でバレちまうだろう?だから犯人はまずどうにかしてお前さんの聴力を無力化しないと、何も出来なかったってわけさ……お前さん自身が犯人である場合を除いてな」
「勘弁してよ警部さん。オレは犯人じゃないよぉ、確かに昨日の夜のアリバイは無いけどねぇ……それはここに居る全員がそうだろう?」
「まぁ待て、疑ってたらお前さんにこんなこと話さないだろ?次にどうやって音楽家を無力化するか考えたんだが、睡眠薬を盛ったんじゃないかと思うんだ。一番現実的なのは住人が全員、確実に食べるであろう晩飯のプレートに……」
「俺様の料理に⁉︎そんなの知らないぜ!」
「落ち着けって、別に作った本人が入れる必要は無いんだ。冷蔵庫に用意されたプレートに誰かが入れたんじゃねぇかって話で……今の時系列だと、音楽家より先に晩御飯を食べていたのは三人だ。そしてその内の二人はもう死んでる」
「て事は……まさか黒幕はモデルさん⁉︎でも動機は?」
「しっ!取り敢えず彼女が戻る前にその疑惑だけ共有しておきたかったんだ。仮に動機があるとすれば、俺は例の舞台が怪しいんじゃねぇかと睨んでる。当時、彼女は既に隠居して芸能界から退いていた。あの舞台が久々のお披露目だったんだ。しかしここだけの話、世間の評価はあまり良くない……賛否両論って感じでカルト作品扱いさ。ある意味、経歴に傷がついたとも言える。だから彼女がそれに関して何か不満を持ってなかったか知りたいんだ」
「なるほど、だから一人で台本を取りに行かせたんだね。じゃあ私はモデルさんの表情とかしっかり観察してみるよ」
「それにしてもモデルさんかぁ……黒幕って感じしないけどねぇ」
「そうかぁ?死んだ俳優が名指ししてる辺り、俺様は怪しいと思ってたけどな」
「名指しって、あれは殺しの標的の方だろう?」
「バッカ、ああしとけば容疑者から外れるなんてのは推理小説じゃ鉄板だろうよ」
「実は俺もそれで怪しいと思ったんだ。それに今朝あれだけの騒ぎの中、寝てたってのもどうにもな」
「寝てただってぇ?ますます怪しいなぁ。仮にモデルさんも睡眠薬で眠らされてたとして、音楽家の方が後に料理を食べて眠ったのにしっかり起きてるじゃんかよ。モデルはそれより前に食べて寝てたはずだから計算が合わねぇよ」
「そうだねぇ。オレはぐっすり寝てたって言っても、今朝の八時には目覚めてたよ」
「それみろ!やっぱ怪しいぜ!何にしても俺様の料理に混ぜ物するだなんて絶対に許せねぇ」
「お前さんの問題は人殺しの容疑よりもそっちが本命かよ」
「当然、まぁ両方とも重罪さ」
「あっはは……おっと、そろそろお戻りのようだねぇ」
モデルの足音を聞き付けた音楽家がそう制止すると皆、映画のカチンコが鳴った様に思わず一斉に身構えた。黒幕としてのモデルの動機を探る……唐突にそんな目標を設定された彼らはまるでイタズラを仕掛ける子供のようだ。独特な緊張感がエントランスホールを包み込む。出来る限り自然に振る舞おうと互いに目配せしつつ、彼女の帰りを待つのだった。
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