モデルの合流

 写真家の提案で、新米警官は聴き込み作業の途中で全員を引き連れて一〇六号室へと移動する事になった。入るとまず廊下には血溜まり。そしてトロフィーが転がっているのが見えた。

「なるほど、これが凶器っすか」

「あ!勝手に触ると……」

 配達員が言い終わる前に、部屋の奥から警部の怒号が飛ぶ。

「おい新米!現場のモノ触るなら手袋はしろよ」

「はい!了解っす!」

「事情聴取はもう終わったのか?」

「いや、まだなんすけど、現場で状況を再現しながら説明を聞いた方が分かりやすいって事になりまして」

「お前なぁ……」

「え、なんすか?」


 彼のキョトンとした顔に警部は思わずため息を吐く。新米警官を使った事情聴取による時間稼ぎは住人を大人しくさせるのにはあまり役立たなかったようだ。音楽家が不躾に突っ込んだ。

「ところで警部さん、見立てはどうだい?事故かねぇ、事件かねぇ」

「事故にしちゃ人の意思が介在し過ぎてる。間違いなく事件だろう。この屋敷で起きた事件だから当然っちゃ当然だが、身内の犯行としか考えられんな。おおかたウィスキー片手に喋ってるうち、言い争いにでもなった……と思わせたがってるんだろう」

「思わせたがってる?」

「犯人は作品みたいに現場をコーディネートして、俺たちに見せようとしてんだよ。あいにく俺は芸術鑑賞ってやつが大嫌いでな、最初から気持ち悪かったんだ。間違いねぇ。この現場は見せる為に作られてる」

 警部は音楽家に一枚目の写真を見せる。

「この写真を見りゃ分かるが、発見した時点で玄関から全体が見渡せるように鏡の角度が調整されてるんだよ」

「えぇ~偶然じゃない?」

 写真家が割って入った。

「根拠はもう一つある。仕切りのカーテンだ。わざわざこんな物を付ける気質の奴が、部屋に誰か呼んで酒を飲むってとき全開にするか?犯人は犯行当時、中には誰も居なかったって事を発見者に教えたがってるんだよ」

「けどさ、廊下のサニタリーはどうしたって見えないじゃん」

「それもご丁寧に椅子で封じてあったよ」

「ふむふむ……」

 写真家は、少しワクワクした表情である。

「じゃあやっぱり、これって密室殺人ってこと?」

「まだ脚本家は死んでないだろ!けどその通りだ。密室事件だよ……ところでお前さん達、俺より先に現場を調べたな」

「あ、バレた?」

「興奮が伝わってくるんだよ」

「ちゃんと現場保全の原則は守ったよ!犯人が隠れてたら現行犯で捕まえなきゃと思ってチョロっと見ただけだし、中の物ずらしたりはしてないから許してよ~」

 先程とは打って変わって潤んだ目で警部を見つめる。警部は厄介そうに視線を手で振り払う仕草をしながら返事した。

「まぁ、勘弁してやる」

「ありがと!お礼にとっておき教えてあげる。許してもらえなかった時の取引材料に警部さんには黙ってたんだけど……このトロフィーに巻き付いてる糸ね、俳優さんの住んでる一〇五号室に入ってくところを見たんだよ」

「あぁ!それが現場でないと説明しづらいって言ってた情報っすね!」

 新米警官はわざとらしく反応し、大袈裟にメモを取る素振りをした。自分が上手く乗せられて、事情聴取を切り上げられた事に今更気付いたらしい。

「じゃあ、ひとまず俳優に話を聞くか……」

 一〇六号室を出て向かいの一〇五号室に向かう。他の奴らもぞろぞろと着いてきた。ドアをノックする。

「俳優さん、いるかい?俺だ、警部だ」

「私が呼びかけた時も返事無かったんだよね」

 警部はドアノブを回すが、案の定鍵が掛かっているようで開かない。堪らず声を張り上げる。

「話を聞きたいんだ、協力してくれ。中に居るんだろう?」


"ガチャリ"


「ご機嫌よう。あら、警部さん大勢で……何かあったの?」

 代わりに隣からドアの開く音がして、妖艶な声が響く。開いたのは隣の一〇七号室のドアであった。新米警官はそちらを振り返り、思わず自分の目を疑う。


 ドアの隙間から寝惚け眼で顔を出していたのは、極めて美しい女性であった。特徴的な亜麻色の長い髪は寝癖だらけだったが、その天然のうねりすら彼女の美しさを一層際立たせるようにセットしたかのような自然な仕上がりに見える。間違いない。自分が高校生の頃から幾度となくドラマやCMで見てきた女性。人生で最高の美女――“モデル”が確かにそこに居た。事件の解決に集中していたはずの意識が揺さぶられる。

「えっあれ⁉︎モデルさん?ですよね!自分、芸能人を生で見たの初めてっす!ずっとファンでした!」

 自分でも気付かないうちに新米警官はデレデレと、出待ちのファンよろしく彼女にそう挨拶していた。

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