事情聴取

「それでは今から全員に事情聴取します、いいっすね?」

 新米警官がエントランスホールの三人に呼び掛ける。

「順番決めてもらってもいい?私、さっき撮った現場の証拠写真を出力して警部さんに渡してきたいんだけど……」

「とりあえず第一発見者の彼からでいいんじゃないかい?まぁオレからでもいいけど」

「そうっすね、じゃあ写真家さんは写真の現像を先に終わらせてきてください」

「了解~!」

 写真家は意気揚々と自室に向かっていった。残りの二人には近い席に移動する様に指示する。

「本当にこの状態で聴き取りをするんですか?ボクらが共犯だったら口裏合わせ放題ですけど……」

「自分、現場初めてなんで分からないんすけど、警部が良いって言ってるからきっと大丈夫っすよ。ほら、逮捕した人の取り調べじゃないんだし」

「一応新参者のキミ達に言っておくとねぇ、この屋敷で起きたトラブルは全部この円卓で解決するのがウチの決まりなんだよ。大体の問題が口論から始まるから、口論で終わらせようってねぇ」

「そういうもんですか……」

「身内と警部さんとで長らくそうやってきたんだけど、部外者二人にはちと理解し難いかもねぇ?」

「ちょ、部外者って!確かに自分は新参者ですけど、警部の跡を継いでこの屋敷の管轄役になる予定っすからね。そういうルールはドンとこいですよ」

新米警官は部外者という言い回しが少し癪に障った様子で、声のボリュームが大きくなった。対して配達員はより一層、居心地の悪さを感じ始めたようで蚊の鳴くような声で はぁ、すいません。と繰り返すばかりである。

「まぁとにかくオレは写真家とならまだしも、配達員くんとは面識もないんだし口裏合わせの心配はしなくていいよ」

「ボクも余計なこと言いました、すいません。ここのルールに従います」

「じゃあまず配達員さん、お話聞かせてもらっていいっすか?」

「えぇ、分かりました。第一発見者と言っても、他のお二人とほぼ同時なんですが……」

 配達員はおずおずと語り出す。

「ボクがピザを届けに文化荘に来たのが午前一〇時二十五分くらいで、そこからこのエントランスホールに入ったのが二十七分……」

「えぇ、なんかやけに正確っすね。逆に怪しいな」

 新米警官が手帳にメモを取りながら訝しむと、配達員は慌てて説明を付け加えた。

「あ、いやこれは変な理由じゃないですよ!予約された時刻ぴったりに届けるのが信条なもので、配送の時はスマホと腕時計の両方でチェックしてるので時刻を憶えてたんです。このエントランスで時間を潰して三〇分丁度に一〇六号室のドアをノックしました」

「ふーむ。それを証明できる人は?誰かとすれ違ったりはしませんでしたか?」

「いや、誰とも……あっ、でもここに到着した時刻だけなら、宅配のGPSに残ってるとは思いますけど」

「ふむ、なるほど。了解っす」

 新米警官は相変わらず手帳に逐一情報を書いていった。

「宅配に関しての備考欄に『玄関に置いてある代金と引き換えで』とあったので、ノックの後すぐにドアを開けて中に入ろうとしたんです」


 そう言いながら宅配員はスマートフォンを操作し、手渡してきた。注文画面には彼の言う通り、置き配を指示する文章が表示されている。

「たしかに。確認しました……」

 スマホを返そうとすると、突然そこから音楽が鳴り出した。

「わ!やばい店長に連絡し忘れた!」

 彼は焦った様子で受け取ると、すぐ電話に対応する。

「はい、いやサボってるわけじゃ……実は事件に巻き込まれて、本当なんですって!今聞き込みされてるとこで」

 哀れなアルバイトの青年は見えもしない店長に向かって頭を下げていた。相当な剣幕らしく、離れていても怒鳴り声が漏れて聞こえてくる。仕方ないので新米警官が電話を代わるようにジェスチャーした。

「え?あ、すいません警察の人に代わります」

 おずおずと差し出されたスマホを受け取るとスピーカーからこちらを荒々しく捲し立ててくる男の声が聞こえる。こういう相手に対してはとにかくこちらの要件を伝えるに限る。そう判断してこちらも負けじと声を張り上げた。

「お電話代わりました。自分、○○署の新米警官という者です。配達員さんが宅配に訪れた部屋で殺人未遂と思われる傷害事件が発生しましてね、えぇ。犯人も手口も不明で彼が第一発見者ってことになりましていま絶賛、聞き込みの最中なんっすわ、捜査に協力して貰ってるんで特例ってことになりませんかね?え?雨は宅配の稼ぎ時?知らないっすよ!コッチは事件……えぇはい、じゃ彼に戻します」

 予想通り、相手は自分の都合だけを全面に押し出してこちらの話を理解しようとすらしなかった。一応、説明責任は果たしたのでスマホを返すと、彼は緊張した面持ちでそれを受け取る。

「はい、はい。いや勝手に帰るのはちょっと……特には言われてないんですがボクいま多分、第一発見者兼容疑者だと思うんで無理ですね……え?あっ」

 どうやら電話は一方的に切られたらしい。少し喋っただけでそうと分かるほど店長はヒステリックな調子だったから、恐らく彼の置かれた状況を飲み込まず短絡的な結論に至ったのだろう、そんな推測を立てながら一応尋ねてみる。

「どうだったっすか……?」

「フリーターから無職になりました……はは」

「あちゃ~、事件終わったら自分も一緒に行って頭下げるっすよ」

「いやそんな、気持ちだけで十分です。ありがとうございます」

「青年よ、仕事なんて無限にある。固執する必要なんてないさ」

 呆然としている配達員に、一連の流れを見ていた音楽家も声を掛けた。

「それよりさっきの着信音、素敵なメロディだったねぇ」

「あ!それ自分も思いました、てかあの曲あれっすよね?あの映画のテーマ曲……」

 古いミステリー映画のタイトルを口にすると、配達員の目は明らかに輝き出した。

「そうです!よく分かりましたね」

「当然っすよ!名作っすもんね、シリーズの中で一番好きっすよ」

「おぉ、そうなんですね!ボクもこれ原作小説の中でも一番好きで、どうやって映像化するのかと思ったらもう最高で……」

「なんだい君ら、オタクかい?」

「音楽家さんは推理小説とか読まないんすか?」

「いや、まぁ読むには読むけどさ」

「ボクは映画も小説も、基本的にはストーリーを推理するからこそ楽しめるものだと考えてるんで、そのポイントを突き詰めた推理モノこそ、あらゆるジャンルの頂点だと思ってるんです」

「面白い考え方っすね、自分も同意っす」

「語るねぇ……オレは場違いみたいだ。席を外させてもらうよ」

 音楽家はそう言うと対角線の離れた椅子に座り、懐から紙の束を取り出して一人で作業を始めた。

 ひと騒動終えたタイミングで、ちょうど写真家が戻ってくる。

「どこまで話せた?」

「配達員くんが無職になって、オタク達が徒党を組んだところさ」

「音楽家さん、余計なこと言わないで良いっすよ」

「ええぇ?なにそれ。取り敢えず、まだ私の番じゃないかな?先に警部に写真渡してくるね」

 彼女はキョトンとしながら、エントランスホールを後にした。

「えぇと、どこまで話しましたっけ」

「部屋をノックしたとこまで聞きました」

「ああ、そうだ。その時に音が聞こえたんですよ。ノックに応答するような感じで……鈍い音が」

「音っすか……」

「それならオレも聞いたよ、“ゴン“って感じのやつでしょ」

 向かいの席から、手作業を続けながら音楽家が口を挟む。

「え、音楽家さんはどこに居られたんすか?」

「自分の部屋……隣の一〇八号室だけど」

「ここって意外と壁薄いんすね?それとも結構大きな音だったんすか」

「いや、オレは耳の良さが異常でねぇ……何なら彼の宅配バイクが到着した時から門を開いて、バイクを停め直した音まで全部聞こえてたよ。細かく説明すると配達員くんはノックして不穏な音が聞こえてから、わざわざ挨拶してゆっくりドアを開けたんだ。それから大声で叫んだ」

「そこまで正確に聞こえてたんですね……ボクの行動は音楽家さんの説明通りです」

「あと、彼を容疑者として見てるなら見当違いだ。もし彼が先に部屋に入り、脚本家を殴ってから自作自演してたとしたらオレには音で全部筒抜け。つまんないから最初にネタバラシするさ。オレの聴覚に関しては屋敷の誰かに聞けば信用してもらえると思う。彼は純粋な第一発見者だ」

「なるほど、では取り敢えず自演の可能性は無し……と」

「あぁ、よかった……アリバイのないことがこんなに不安だなんて思いもしませんでした、よりによって第一発見者だし。ありがとうございます」

「礼は要らないよ。オレはめんどくさがりでねぇ、今は早く事件の謎について意見交換したいと思ってるんだ。だから余計な疑念の方は省かせて貰った」

「謎ってなんすか?」

「コレのことだよね!」

 いつの間にか戻ってきた写真家が元気に声をあげ、円卓に写真のコピーを置いた。

「コレって……現場の写真っすか」

「そう、事件発生直後のね」

 写真は一〇六号室の玄関から廊下を写したものが数枚、倒れた脚本家の接写数枚、リビング全体を写した物が一枚あった。

「救急車が到着するまでに部屋の中を確認したんだけど、倒れた脚本家以外、誰もいなかったんだよねぇ」

「物音の発生源が脚本家さんでなければ、この部屋には何か仕掛けがあったとしか考えられません。誰かが彼を殴ったとしてもボクを含め写真家さん、音楽家さんがこの部屋の出入り口を塞いでましたから」

「他の出入り口や、隠れ場所はないんすか?」

「屋敷の窓は全部鉄格子付きなんだよ、換気のために一応開くようにはなってるけど人は出入りできない。隠れられそうな場所も、特にはなかったねぇ」

「ね、ね、現場に行こうよ!私の持ってる情報、現場見せながらじゃないと説明しづらいんだ」

 上目遣いで新米警官に迫ると、写真家は半ば強引に移動を始め、事情聴取は配達員一人のみで早々に切り上げられる事となった。

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