警察の合流

 正門には救急車が停まっており、自分と警部が到着したのは既に被害者がその中へと運び込まれた後のようだった。傘も差さずに急いで車から降りて救急隊員の一人に状況を確認すると、被害者は意識不明で本人からの事情聴取は不可能とのこと。応急処置は間に合ったものの輸血が必要らしく、救急車は直ぐに病院へと引き返していった。

 警部が傘を差してゆっくりと歩いて来る。駆け寄って行き、差し出されたビニ傘を受け取りつつ会話の内容を伝えた。

「まぁ、そんなもんだろうな」

 どうやらあまり心配していないらしい。自分はついでにさっき車の中で気になっていた事を思い切って聞いてみた。

「警部、殺人事件でも文化荘なら立件しないんすか?」

「そんなわけないだろ」

 警部は少し苛立った様子で答えた。

「今までも救急車が出たことは何回かあったが、ここで人殺しが起きたことはない。それにここの奴らは生死の境を彷徨っても、自分から裁判なんて起こさない……むしろ貴重な経験だってんで生き生きと作品の制作に打ち込むくらいさ。心配するだけ無駄だ」

「じゃ、さっきの人が死んだら文化荘初めての殺人事件ってことになるんすね」

「馬鹿野郎、縁起でもないこと言うんじゃねぇよ」

 軽いコントのような緊張感のないやりとりをしながら、自分は警察官になってから初めて対峙する事件を前にして興奮を抑えられずにいた。それもずっと憧れていた警部と組んで、だ。車に乗った時から、不謹慎な胸の高鳴りを自覚していた。

 屋敷には駐車場としての広い敷地が確保されており、一面に大きめの砂利が敷き詰められている。正門の近くに停めた車から屋敷の入り口まではだいぶ距離があった。それに加え雨音のお陰で住人に会話を聞かれる心配もないだろうと考えて、今の内にデリカシーの欠けた話題を振っておいたのである。


「ちゃんと挨拶しろよ」

 警部はそう言いながら傘を閉じ、自身は半分開いた玄関のドアからスッと屋敷内へと入っていった。慣れた感じだ。

 自分は建物のスケールに戸惑いながら、ビニ傘を閉じて雨の滴を落としつつ玄関の雨避けの下、ドアの前で声を張り上げる。

「通報を受けて参りました!○○署の新米警官であります!」

 暫く待っていると中から意外にも、かなり若い女性のものと思える元気な声が聞こえてきた。

「警部さん!待ってたよ~」

「おぉ、写真家か、久し振りだな。それで音楽家、どうなんだ今回」

「それがねぇ、まぁ例に漏れず事件って感じではあるよ。脚本家が誰も居ない密室で殴られ倒れてた……ところで外の彼は?」

「あぁ、今回は部下を一人連れてきたんだ。俺の引き継ぎでここの担当をさせようと思ってる」

「あら、じゃあもう屋敷で事件を起こしても警部さんには会えないってことかい?寂しいねぇ」

「えー!警部さんもう来ないの?私もいつかお世話になろうと思ってたのに」

「冗談じゃねぇや。おい新米!入ってこい」

 事件現場にそぐわないアットホームな会話を聞かされて、拍子抜けしながら屋敷の中へと足を踏み入れる。

「初めまして、○○署の新米警官であります!」

 改めて自己紹介をしながら屋敷の中を観察する。エントランスホールには規則正しく椅子の並べられた円卓が設置されており、そこに三人の人物が座っていた。

 警部の近くにはさっきの声の主と思われる小柄な女性と少し歳のいった長髪の男性がおり、その輪から外れて一人の青年が気まずそうな顔をして座っている。

「皆さんこちらのアパートの住人の方ですか?」

「オレ達二人はそう、彼は違う。」

 音楽家と呼ばれていた男性が目をやると、青年が答えた。

「ボクはピザの宅配に来て……」

「倒れてる脚本家さんを発見したんだよね!その直後に私達が現場に合流したの」

「第一発見者ってことっすね」

「仲良さげに……初対面だろ?」

「違うよ!大学の同期だったんだから、ね」

「あ、うん……一応、彼女とは知り合いです」

「そうかいそうかい。じゃ新米、取り敢えず事情聴取はお前がやってみろ。この円卓で全員から話を聞く感じでいい、俺は先に現場を見てくる」

そう言って警部は一〇六号室へと向かった。

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