第21話

「ここにいたですか⁉」

 フローゼが駆けてくる。遅れ歩く梓に少し後ろを夏乃子が。

 体が重い。あちこちに痛みが走る。フローゼの体は切り傷だらけ、梓は弓を引きすぎて両手が痛み鼻にはティッシュをつめていた。夏乃子は頭に包帯を巻いており、足も引きずっている。疲れた様子で三人は椅子に座り、椅子の座り心地のあまりの悪さに顔をしかめる。柔らかくない。柔らかくない。尻に優しくない硬さに愕然とするも文句を言う元気もない。

 動くと痛みが走り体勢を変えると別の痛みが走る。

 どうすりゃいいのよと強い痛みより軽い痛みがマシと態勢をまた変える。

 何処行っていたの。私をほったらかして。少し憎らしい。痛みよりも、憎らしい。救護を受けている間、傍にいてくれないのはおかしい。夏乃子は燈彼の肩に頭を乗せた。

「みんな無事でよかったです」

 フローゼは喜び。

「そうねぇ……」

 梓は同意した。

 冷え込む夜は夏の終わりを感じさせる。

 何も喋らず、四人は傷ついた体をお互いに労わるよう寄りかかりぼんやりとしていた。

「今日で終わりじゃないのよねぇ……」

 梓がぼそっと呟き、その言葉を聞くと二人は含み笑いを浮かべやがて大笑いしはじめた。

 おそらくこの先もずっとこのような戦いを繰り返さなければならないだろう。

 嫌気がさすかもしれない。辛くなるかもしれない。誰かは死ぬかもしれない。

「はいはーい☆ 帰るまでが遠足ですよー☆ 帰りますよ☆ お家に帰ってお風呂入って、寝ましょうね。ちなみに明日は別に休みじゃないですよ。先生に会いに、出席するにゃん☆ きゅるるん☆ るん☆」

「無理でしょ普通に」

「明日はケーキパーティデース」

 夜は更けるが、やがて明ける。

 家まではタクシーで送迎された。包帯を巻いているのでお風呂に入れず、皆体を布で拭いて我慢する。熱い湯船にどっと体を沈める様子を想像して梓はため息をついた。

 燈彼は自分の部屋に入るとカーペットの上にそのまま倒れ込んだ。

 目を閉じて静かな夜を感じる――のも束の間。

「てめぇら、だから燈彼の部屋で寝るんじゃねぇってつってんだろ‼」

 いつも通り朝起こされて梓と夏乃子は明らかに不機嫌だった。

 体が痛くて動けないと言いかけて、それすら面倒で梓はミコトを無視する。

「ったくよ……今日はホットサンドだぜ。中身はリコッタチーズと蜂蜜、キュウイフルーツなんかも入っている」

 くそったれだなコイツと夏乃子は心の中で悪態をついた。

 体は痛いし眠っていたいけれど、今の言葉を聞いてお腹もすいたし目も覚めてしまう。

「あつあつのコーヒーもあるんだがな」

「What⁉」

 コーヒーと聞いてフローゼはガバリと起き上がった。

「あうち、いちちちち」

 起きたくないなと夏乃子は思う。起きたくない。微睡みたい。誰かが髪を撫でてくれている。夏乃子は甘えるように手を取り引き寄せると、先に起きて正座する燈彼の膝へと体を引きずって頭を置いた。

 見上げると、心配そうな顔をされて、だいぶ嬉しい。ご飯食べたら、もう一度眠ればいいと思い夏乃子も起き上がった。

 起き上がった燈彼は梓に手を差し出し梓も燈彼の手を握る。掴むと引っ張られて、いてててと顔をしかめながら起き上がる。

 そのあと食べたホットサンドのあまりの美味しさに梓と夏乃子はうなった。

「てめぇら学校休む気だな⁉」

「今日はさすがに無理でしょ‼」

「ウズメに会いたくねーのか⁉」

 今日はどう考えても無理。お風呂も入ってないし絶対に無理。

「今日は無理‼」

「なんだとこの野郎‼」

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