嫉妬のスイートポテト

 ばったりと廊下でアナベルと出会ってしまった。また来ていたのね…。あたしはお城の中庭へハーブを取りに行く途中だったのだ。


 赤い目を細める。行く手を阻むようにスリットの入ったスカートから脚が出ることも構わずダンッと廊下の壁に足をついた。


「あーら?ゆっくり話をしたかったところよ」


 ルドルフがシュッと天井から現れた。


「待て。魔王様のお許しがなければマナに近づくことは許されないよ」

  

「使い魔ごときが魔王様の婚約者であるわたくしに意見するつもり?控えなさいっ!」

  

 随分と魔王様の前とは違う性格じゃないの……。


「ゆーっくり、話をしましょ?ここじゃ何だから、こっち来なさいよ。使い魔は置いてきなさい!」


 裏庭の方へ呼ばれる。あたしは嫌な予感がして、首を横に振る。ガッと長いツメが伸びて、あたしの髪の毛が一筋パラリと落ちた。頬に血の赤い線。


「拒否するなんて100年早いわよ」


 ルドルフがバッ!と動いた。アナベルにとびかかる。


「この使い魔っ!やる気!?」


「魔王様のものに手を出すとどうなるか教えてやるよっ!」


 可愛い男の子の容貌が変化し、銀白の狼になる。アナベルが魔法を使おうと構えた瞬間、ルドルフがカッ!と口を開ける。ゴオッと風が巻き起こり、きゃあ!とアナベルが叫ぶ。


「侮るなよ!」


 目が光る。ドンッと足を踏み鳴らすとそれだけでアナベルの居た場所が崩れ去りだした。

 ……めちゃくちゃ強い。ルドルフは身じろぎしているだけだ。

 アナベルが反撃する余地は無いのにルドルフは余裕である。フンッと鼻を鳴らしている。


「やめろ!そこまでだ。ルドルフ、どうした!?」


 魔王様の声。アナベルがしくしく泣き出した。


「こわ~い!この二人がわたくしに乱暴なことをするのですわーっ!」


 感情を持たない黒曜石の瞳で魔王様はこちらを一瞥した。


「手を出したのはそっちからでしょう!?ルドルフはあたしを守ってくれたのよ!」

 

 あたしは必死に声をあげたが、魔王様は冷たい声音で静かに言った。


「部屋へ行ってろ」

  

「魔王様!この女が悪い………っ!」


 ギロッとルドルフは魔王様に睨まれて口を途中で閉ざした。


 ショボショボとあたしとルドルフは帰っていく。


「ごめんね…ルドルフまで……」


「いいや。魔王様に怒られたことよりも、あの女に僕の力をもっと見せつけてやりたかった!弱いくせに偉そうなんだよ!それが悔しいよ!」   


 魔族は力の強さが重要らしく、地位も力の強さで決まる。魔王様の使い魔というプライドがルドルフにはある。


 あたしの方は部屋に帰っても、どこか納得いかなくて、心の中がモヤモヤしたりなんだか悲しくなったりする。この感情はなんだろうか?


「なにか作ろうかな」


 ピョコンと犬耳の男の子に戻ったルドルフが駆け寄る。目をキラキラさせている。


「何にする?」


「そうねぇ。スイートポテトにするわ!」


 赤紫色のさつまいもの皮を剥いていくと中はほんのりうすーい黄色いお芋の色。茹でると綺麗な黄色になった。少し甘いような匂いが室内に漂う。

 無心でさつまいもを裏ごしして滑らかにした。


「元気を出すために、贅沢バージョンにします!」


「おおーっ!」


 大家族の家では牛乳だったけど……生クリームを入れて混ぜる。あの甘さ控えめにしたいので砂糖は気持ち少なめにしよう。ラム酒で香りをつけた。


「味見していい?」


 ソワソワするルドルフに言いわよとスプーンに一口のせてあげる。


「うわぁ!優しい味で甘くて美味しい!」


 ほわぁと破顔するルドルフは先程のイライラが消えたようだ。


 形を整えて、卵黄を表面に塗り、オーブンに入れて焼く。甘い匂いがフワフワとしている。


 ガチャっとドアが開き、魔王様が顔をだした。


「あのな……」

 

 そう魔王様が何かを言おうと口を開いた瞬間、あたしはうるっときてしまい涙目になってしまった。涙を流すのは性に合わないので慌てて顔をそらして涙を拭く。


「お、おいっ!?なんで泣く!?」


「……な、泣いてないわ!」


 あたしはムキになって言い返す。魔王様は言うことを聞かない子どもを見ているような感じで、嘆息する。


「アナベルは魔族の中でも六家門の1つの家柄だ。そこに目をつけられてはマナが危険になる。人間というだけで皆の興味をひく。だからあの場はすぐに退かせたんだ」


「でも、マナ、傷つけられたんだよ!?」


 ルドルフが消えかかっているあたしの頬の傷を指差す。魔王様が眉をひそめる。少し怒った顔にも見えた。


「ホントだな、痛かったか?」


 首を横に振る。ここに来てから、何故か傷の治りは早く、風邪もひかなくなったことにうっすらと、あたしは気づいていた。


「オレの血が入ったから多少のことではダメージは受けん……だが、気づいてやれず、わるかったな」


「ま、魔王様が謝った!?」


 ルドルフが驚いている。あたしも少なからず驚いた。


「そうじゃなくて……うん。でもいいの。一緒にスイートポテト食べない?」


 魔王様が頷くとそのへんの椅子に座る。あたしはアツアツのスイートポテトと紅茶を淹れて出した。

 

「しっとりホクホクしてて、うまいー!もう一つ追加だ!!」


 こんなに芋がうまくなるとはなぁと魔王様も気に入ったようだ。

 ルドルフももう一つほしいなとおかわりする。


「これは何の効果ありそう?」


 魔王様はあたしの問いに、形の良い顎に手をやってしばし考える。


「魔法の効果が上がるって感じだな。それも攻撃魔法の威力が多少上がる」


 メモメモっと。やはり実験体か!?と魔王様がジトーーと半眼で見てくる。


 あたしもスイートポテトを一口食べる。優しい甘みが口に広がる。


 婚約者だからって理不尽なことをしてるのに許して、庇うとか無しよ!せめて何があったのか理由くらい聞いてほしいわよ!と嫉妬、ヤキモチの涙だったことにあたしは気づいていた。


 優しい味に反して、スイートポテトの攻撃魔法効果アップが物語る。


 怒りのスイートポテトだった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る