第9話 神追いの儀

 翌朝、オルゥサたちは旅を再開する。川に沿って上流を目指す。そして、昼を過ぎた頃、エーダの村に到着した。


 エーダの村は、深い谷の中にあり。オルゥサが暮らしていたオタの村とそう変わらない規模の小さな村だった。だが、商店や酒場、宿屋などの施設はあるようだ。


 オルゥサとミリィアは、まず商店に向かう。ミリィアは、顔を見られないようにマントのフードを深くかぶった。


 小さな商店ではあったが、旅人に向けて商売しているのだろう。旅に必要な物を取り揃えてあった。


 オルゥサは、そこでミリィアのための衣服や履物はきもの、マントなどを買い。また、干し肉などの食料も購入した。


 シキの民が暮らしていた村がある場所は、まだまだ遠い。充分な準備が必要だった。


 買い物が終わった頃には夕方になっていた。


「今日は、この村で宿をとろう。休息も必要だ」


 オルゥサがそう言うと、ミリィアは頷いて「ああ」と答えた。


 しばらく野宿が続いていたので、宿でゆっくり休むことも必要だ。


 オルゥサたちは、夕食をとるため村の酒場に入った。小さな酒場で、カウンターとテーブル席が五つほどあった。オルゥサたちは、テーブル席に向かい合って座る。


 酒場の店主に、酒と料理を注文する。程なくして、店主はエールの入った木製のカップを運んで来た。そして、テーブルの上に置くとオルゥサを見る。


「あんたたち、狩人かい? どこから来たんだ?」


 店主の問いに、オルゥサは愛想笑いを浮かべて答えた。


「南のオタの村からだ。ここらに来るのは初めてでね。良い狩場があるといいんだが……」


「オタの村か…… そりゃあ、随分と遠くから来たな。ここらで狩りをするのはやめた方がいいぜ。最近は、ツゥオルどもが増えすぎちまってな。人を襲うようになったからな」


 ツゥオルと聞いて、オルゥサは顔をしかめる。既に、オルゥサ自身もツゥオルに襲われて痛い目にあっているからだ。


「北東にシキの民が住んでいた頃は、こんなことはなかったんだが…… シキの民がいなくなってから、ツゥオルどもは増える一方だ。何でかね? まあ、狩りをするなら気をつけるこった」


 そう言って店主は去って行った。


 店主が去るとオルゥサは、エールの入ったカップに口をつける。喉に流し込むと心地よい刺激だ。数日ぶりに飲む酒は格別の味だった。


 ミリィアもエールをグビグビと飲み「ぷはぁーッ!」と気持ちよさそうに息を吐いた。


「染みるねえ…… 酒を飲むなんて、何時いつぶりだろう? 生き返った気分だよ」


 彼女は、シキの民の反乱の後、半年は奴隷としてアシミ鉱山で働かされていた。少なくともその間は、酒なんて飲めない生活だったのだろう。


 酒のおかげで機嫌の良さそうな顔をしているミリィアに尋ねた。


「何でシキの民がいなくなってからツゥオルが増えるようになったんだ?」


「ああ。それは、あれだね…… ツゥオルは、エルランの神々が姿を借りている神聖なけものだろ? しかし、増えすぎれば人や家畜を襲う。だから、シキの民は『神追かみおいの儀』として、ツゥオルが増えすぎないように、たまにツゥオルを狩っていたんだよ」


「なるほど。それでか……」


 反乱の後、シキの民の多くは処刑され、生き残った者たちは別の土地に移住させられた。必然的に『神追かみおいの儀』をする者はいなくなり、ツゥオルたちが増殖したのだ。


 少し経ってから、店主が料理を運んで来た。鶏肉とりにくと野菜を煮込んだスープだった。


 久しぶりに料理と呼べるものを口にする。熱々のスープは、とても美味く。体がポカポカと温まる。ミリィアも美味そうにスープを飲んでいた。


 酒と料理に満足した二人は、酒場を出ると宿屋に向かう。


 外は既に暗くなっており。空には星がまたたいていた。酒も入って良い気分で歩く。


 しかし、宿屋についてオルゥサは愕然がくぜんとした。


「何だって? 別々の部屋じゃないのか?」


「申し訳ございません。一部屋しか空いてないもので…… でも、同じ部屋ですがベッドは二つありますのでご安心ください」


 オルゥサとミリィアは、夫婦と勘違いされたのか。同じ部屋に宿泊させられることになった。


 オルゥサは、不安な顔でミリィアの方をチラリと見る。


「私は、同じ部屋で全然かまわないよ」


 ミリィアは、平然とした顔で言った。


 結局、同じ部屋に案内されて入る。部屋の両端にベッドが置いてあるだけの部屋だ。


 ミリィアは、嬉しそうにベッドに腰掛けた。


「こんな上等な寝床は久しぶりだよ。今日は、ぐっすり眠れそうだね」


 しかし、オルゥサはどことなく緊張を隠せなかった。野宿を共にしているが、同じ部屋に男女が二人っきりというのはオルゥサとて意識せざるを得ない。


 そんなオルゥサを見て、ミリィアは悪戯っぽく笑った。


「あははは。襲ったりしないから安心しな! それとも、あんたの方が私を襲うかい?」


「ば、馬鹿を言うな!」


 オルゥサは、顔をあかくして言うとそっぽを向いた。それを見てミリィアはクスクス笑う。


 やがて、夜が更けて二人とも横になった。明かりも消えて真っ暗になった頃。オルゥサは、ミリィアに背を向けたまま言った。


「なあ? ミリィア。お前たちシキの民は…… なぜ、反乱など起こしたんだ?」


「何だい? 唐突とうとつに」


「反乱を起こしても王国に勝ち目がないことは分かっていただろう? お前たちだって、そんな馬鹿じゃあないはずだ」


 ミリィアは、しばらく黙っていたが、やがて口を開く。


「私たちシキの民はね…… 十年前に王国から見捨てられたのさ」


 ミリィアの声は、怒りとも悲しみとも言えない声だった。


 十年前と言えば、北に隣接するアリミア帝国が侵攻してきた時だ。


「帝国が攻めてきた時、この国の国王はどうしたと思う……? 私たちシキの民を盾にしたんだよ。時間を稼ぐためだけにね」


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