第8話 二人の孤独

 オルゥサたちは、川に沿って上流の方を目指した。


 ミリィアの話では、この先にエーダの村という小さな村があるらしい。まずは、そこに立ち寄って必要な物を買い揃えようと思った。


 ミリィアが着ている服は、あまりにボロボロで、はたから見れば逃亡奴隷だとすぐ分かる。そのため、今はオルゥサのマントを羽織らせていた。


 彼女が持っている剣は、さやが無いので、刃の部分を布で巻いて背負わした。


 ひたすら上流に向かって歩くと、やがて日が暮れ始めた。


 オルゥサもミリィアも山の民の出身。歩こうと思えば、まだまだ歩けるが。そうは言っても、暗くなってから歩くのは危険だ。


「今日は、ここらで野営しよう」


 ミリィアにそう言うと、彼女は「ああ」と頷いた。


「俺は、火を起こして野営の準備をする」


「じゃあ、私は川で魚を獲って来るとしよう。今日の夕飯だ」


 ミリィアの言葉に、オルゥサは首をかしげた。確かに、川の近くなので魚はいるかもしれないが。そう簡単に獲れるものではないだろう。ましてや、彼女は何の道具も持っていないのだ。


 しかし、ミリィアはそのまま歩いて去って行った。


 まあ、魚が獲れなくても干し肉がまだあるので、食料の心配はない。オルゥサは、枯れ木を集めて火を起こす準備をした。


 火打石ひうちいしを使って、種火を作ると。そこに枯葉を燃やして火を起こす。次第に木が燃え始めて、炎は安定して燃え始めた。


 燃える火を見ながら、オルゥサはふと疑問に思った。


(そういえば、あの時。ミリィアは、どうやって火を起こしたのだ?)


 彼女に助けられた時、洞穴の中で火をいて兎の肉を焼いていた。彼女は、火打石を持っていないはずだ。


(待てよ…… ああ。俺の荷物から火打石を見つけて使ったのか)


 そう考えれば納得できる。オルゥサは、ひとり頷いた。


 それから、少し経ってミリィアが戻って来た。オルゥサは、彼女を見て驚いた。


 腕に四匹も魚を抱えて戻って来たのである。この短時間で、どうやって四匹も魚を捕まえたのだろう。


「すごいな…… ミリィア。いったい、どうやって魚を獲ったんだ?」


 彼女は何の道具も持っていないはずだ。いや、道具があってもそう簡単に獲れるとは限らない。


 オルゥサの問いに、ミリィアは「ふふッ」と悪戯っぽく笑った。


「なーに、簡単さ。罠を仕掛けたんだよ」


「罠? どんな罠を使ったんだ?」


 オルゥサは、ますます興味を持った。そんなに簡単に魚が獲れる罠なら、狩人として是非知っておきたい。しかし、ミリィアは笑って答える。


「それは秘密さ。シキの民の秘伝の罠だ。そう簡単に教える訳にはいかないよ」


 それを聞いてオルゥサは、少し残念そうな顔をした。ミリィアは、にこやかな顔で魚を串に刺す。


「エルランの山の神々も魚の姿は借りちゃあいないだろう。さあ、早く焼いて食おう」


「ああ。そうだな……」


 串に刺した魚に塩を振って火にかざす。しばらく焼くと香ばしい匂いが辺りに漂い出した。


 焼き魚を二人で分け合って食べる。一人二匹ずつなので充分な量だった。


 川魚だが、この時期の魚はよく脂が乗っている。塩の加減もちょうど良く旨かった。


 食後にくつろいでいると、不意にミリィアが尋ねてきた。


「オルゥサ…… あんた。家族はいるのかい?」


 オルゥサは、黙って首を横に振った。


「俺は、ずっと一人だ。両親を早くに亡くしてな…… 兄弟もいない。結婚もしてないし、ずっと一人だ」


「そうかい。それは聞いてすまなかったね……」


「いや、別にいい。一人暮らしも馴れれば楽しいものだ。故郷を出てから傭兵なんかにもなったが。一人の時が一番落ち着く」


 ミリィアは、そう言うオルゥサの顔を見て少し微笑んだ。


「ふふッ。あんた変わってるね」


「そういうお前はどうなんだ? 家族は?」


 オルゥサが聞くと、ミリィアは暗い表情でうつむいた。


「私もあんたと似たようなものさ。まあ、家族はいるがね。魔女と呼ばれているのは、何も王国兵からだけじゃなくてね。私は、同じシキの民からも魔女と呼ばれていたんだ…… だから、ずっと一人だったよ」


 なぜ、同じシキの民からも魔女と呼ばれていたのだろう。そう思ったが、ミリィアの暗い表情を見てオルゥサはそれ以上聞かなかった。


「このまま歩けば、明日にはエーダの村に着くだろう。早いところ寝ちまおう」


 ミリィアは、顔を上げる。オルゥサは「ああ」と頷いた。


 そして、夜は更けていく。


 オルゥサは、火の近くで地面に横になる。ミリィアもすぐ側で寝息を立てていた。


(誰かとこんなに長い間、一緒にいるのは初めてだ……)


 さっき、自分で言ったように。オルゥサは、一人でいる方が気が楽だった。そして、ずっと一人で生きてきた。


 しかし、今は隣にミリィアがいる。この女と一緒にいるのは不思議と嫌ではなかった。むしろ、心が安らぐような気すら感じていた。


 そう思った時、オルゥサは首を振って自分に言い聞かせた。


(何を考えているんだ…… 俺は! この女は、殺さねばならないのに……)


 元々のオルゥサの任務は彼女を生け捕りにすることだが、彼女に捕らわれる意思がない以上、その命を奪わねばならない。


 だが、彼女には山で助けられた恩もある。


 生まれ故郷をひと目見てから死にたいという、彼女の望みを叶えるために、こうしてひと時行動を共にしているだけなのだ。


(この女に情を移してはダメだ……)


 オルゥサは、自分に言い聞かせると考えるのをやめて目を閉じた。


 遠くに川の流れる音が聴こえ、森からは鳥や虫の鳴く声が聴こえる。それらに耳を傾けながら、次第に深い眠りへと落ちていった。


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