第4話 魔女を追う者

 鉱山で働く奴隷たちは皆、粗末なころもまとい。手足にはかせが付けられ、鎖につながれていた。寝る時も鎖に繋がれているという。


 いかに『雷の魔女』ミリィアといえども、鎖に繋がれたままでは、脱走することは不可能であっただろう。


 しかし、領主の息子ハキムが来た日の夜は、その枷と鎖が解かれたのだ。逃げるには絶好の機会である。


 『雷の魔女』が、その好機を見逃すはずがなかった。領主の息子ハキムの腰から剣を奪い、怪我を負わせ。見張りの兵士たちも蹴散らして。まんまと逃走に成功したのである。


 その時に居合わせた兵士から話を聞くこともできた。『雷の魔女』ミリィアは、北の方。エルランの山々がある方向へと逃げて行ったそうだ。


 普通の脱走者ならば、まず身を隠し。その後、村や町を目指すはずだ。食料や必要な物を手に入れるために。もちろん金は持っていないので、盗んで手に入れるしかない。


 だが、今回の脱走者は『雷の魔女』。彼女は、北東に住む山の民、シキの民である。山で生きるすべを知っている。ならば、エルランの山々へと逃げて行ったのは、むしろ自然なことだと考えられる。


 北東へとエルランの山々を抜ければ、シキの民が住んでいた村がある。魔女にとって、そこは自分の庭のようなものだろう。


 しかし、反乱の後。シキの民は多くが処刑され、生き残った者も別の土地に移住させられたと聞いている。つまり、シキの民が住まう村はもう北東には無いのだ。


(……それでも、魔女ならばそこを目指すだろう)


 それは、オルゥサの直感だった。自分も元々は山の民である。もっとも、自分自身は故郷を捨てた身だが、彼女は違う。故郷の山を目指して逃げた可能性は高い。



 鉱山の調査を終えると、オルゥサは鉱山長に礼を述べて、出発することにした。


「お気をつけて、オルゥサ殿。エルランの山の神々に、旅の無事をお祈りいたしますぞ」


 鉱山長のクロムは、わざわざ見送りに来てくれた。オルゥサは「ああ」と頷いてそれに答えた。


 そして、アシミ鉱山から北へと伸びる街道を歩く。この道は、かつてシキの民が住んでいた村まで続いている。もちろん、途中でエルランの山々を越えねばならない。


 まだ遠くに見えるエルランの山々。そこに、魔女は必ずいるはずだ。オルゥサは、自分に言い聞かせるようにして歩いた。



 ☆  ☆  ☆



 オルゥサが、山のふもとへたどり着いたのは、ちょうど日が暮れる頃であった。


 ここからは、エルランの山々を通る山道が続く。暗くなってからの山道を歩くのは危険だ。オルゥサは、ここで野営をすることにした。


 火を起こして、体を温める。周囲は次第に闇へと包まれていく。まだ春先であるため、夜は肌寒さを感じる。


 夕食は、干し肉をかじる。豚肉を薄く切って塩漬けにしたのを干したもので、噛むと塩と肉の味が口の中に広がった。少し火であぶってやると、あぶらが溶けて香ばしく。柔らかくなって食べやすい。


 持てる食料には限りがある。エルランの山々に人が住む場所は少ない。


 しかし、オルゥサは元々、北西に住む山の民。ウサの民の出身である。幼い頃から山での狩りの仕方は、嫌というほど教わっていた。その気になれば、獣を狩って食料にできる。


 それに、山にはきのこも生えている。これも、食べられる茸を見分ける方法を知っている。


(まあ、俺が知っているということは…… 当然、魔女も知っているだろうがな)


 普通の人間が、山で生きることは無理だが。生まれた時から山に住む山の民ならば、充分に可能なことだ。


 だが、それは充分な準備をしていればの話である。充分な装備がなければ、いかに山の民といえども山で生きることは難しい。


 『雷の魔女』ミリィアが、今所持しているのは、領主の息子ハキムから奪った剣のみ。


 彼女が、エルランの山々を越えて故郷にたどり着くためには…… または、山に潜伏して生きるためには、必ず道具が必要になる。そのためには必ず人里に下りて来ねばならない。


 それに、雨露をしのいで寝られる場所を確保し。食事をするのに火を起こし。排泄はいせつもする。


 どこであろうと人間が生活すれば痕跡が残る。それを見つけて追っていけば、いつかは必ずたどり着くのだ。それは『雷の魔女』であろうと例外ではない。


 ましてや、エルランの山々は人の往来が少ない。


 人が生きた痕跡を追うのが難しいのは、むしろ人が密集しているところだ。人が少ない山であれば、逆に痕跡を隠す方が難しいのだ。


(必ず見つけてやる…… 『雷の魔女』ミリィア)


 オルゥサは、短い食事を終えると、マントにくるまって眠りについた。何かあれば起きられるように、浅い眠りだが。休息は取らねばならない。


 そして、静かに夜はけていった。



 次の日の朝――――


 オルゥサは、目覚めるとすぐに準備をして旅を再開する。朝食は、昨夜と同じように干し肉をかじった。


 エルランの山々への入口とも言える最初の山へと入っていく。山肌は深い針葉樹林で覆われていた。


 急な斜面が続く山道を登りながら、オルゥサは考えた。


(魔女が逃げたのは夜…… つまり、ここに着くころには朝になる)


 オルゥサは、自分が『雷の魔女』ミリィアであれば、どのように行動するか。そのような思考で考える。これは、オルゥサにとって狩りの鉄則であった。


 兎を追う時は、自分が兎であれば。鹿を追う時は、自分が鹿であれば。そのように考えて獲物を追い。時には、行き先を先回りして狩るのだ。


(早く食料を調達したいはずだが…… まだ近すぎる。もっと遠くに逃げるはずだな)


 まず、彼女が最初に手に入れなくてはならないのは水と食料だ。魔女であれ人間。腹が減っては飢えて死ぬ。


 山の民であれば、狩りをして獲物を捕るか、木の実や茸など食べられる物を探すか。いずれにしても山の中を歩き回らねばならない。


 しかし、この山はまだアシミ鉱山からそう遠くはない。追手が来ることを考えれば、もっと遠くに逃げたと考えるのが自然だろう。


 オルゥサは、そう考えながら山道を山深くへと歩いて行った。


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