第3話 アシミ鉱山

 オルゥサが住んでいるオタの村は、カッシア王国の北の方にある。さらに、その北にはエルランの山々と呼ばれる山脈が東西に伸びていた。


 エルランの山々は、『神々が住まう山』とも呼ばれる神聖な場所であった。神々は、ツゥオルなどの動物の姿を借りて山に住んでいるのだと言われている。


 そのため、山で狩りをするのは神聖な儀式でもあり。狩人には様々な決まりごとがあった。それを破ると神々の怒りを買い、わざわいがもたらされると信じられている。



 オルゥサは、オタの村を出て東へ続く街道を歩く。左にエルランの山々を眺めながら草原地帯を進む。アシミ鉱山までは、徒歩で1日かかる距離だ。


 途中に、村や町はなく。野営をして一晩を過ごした。


 オルゥサにとって、村を出て旅をするのは久しぶりのことだったが。大した疲れもなく、翌日の昼前にはアシミ鉱山に到着した。


 鉱山の入口は、山の中腹にあり。高いへいで囲まれていた。門には槍を持った兵士が見張りに立っており、警備は厳重なようだ。


 アシミ鉱山は、鉄鉱石の鉱山だ。鉄は、剣や槍など武器を作るのに欠かせない材料であり。王国にとっても鉱山は重要な拠点である。そのため厳重に警備する必要があった。


 また、中からの脱走者も防がねばならない。鉱山では、多くの罪人や奴隷が働かされている。過酷な重労働から逃げ出そうとする者も少なくはない。


 オルゥサは、見張りの兵に声をかけると要件を伝えた。少し待つと中に通された。領主代役のヴェイガンから話は通っているようだ。


 兵士の案内で、奥にある建物の中に入った。鉱山長の住まう家のようだ。


 鉱山長は、太った四十代くらいの男で。頭は禿げていて、豊かな口髭くちひげをたくわえている。


 オルゥサを見ると笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


「これは、どうも。あなたがオルゥサ殿ですか。ヴェイガン様から話は聞いております。私は、鉱山長をしております。クロムと申します」


 鉱山長のクロムは、握手を求めてきたので、オルゥサはその手を握り返した。脂肪の付いた柔らかい手だ。


「今回の脱走者は、あの『雷の魔女』ですからな。我々の手にも負えなくて、ほとほと困っていたのですよ。何でもご協力いたしますので、気がねせずに聞いてくだされ」


「見た限り、警備はかなり厳重なようだが…… 魔女はどうやって逃げたのだ?」


 オルゥサは、まず最初に浮かんだ疑問を口にした。高い塀で囲まれていて、見張りの兵士もいる。いかに『雷の魔女』とはいえ、簡単に脱走できるとは思えない。


 鉱山長のクロムは、少し重い表情になった。


「……実は、魔女が脱走した日。この鉱山には、領主様のご子息が視察にお見えになっていたのです」


「領主様のご子息…… ハキム様か?」


 領主の息子ハキム。領民から評判のよくない男だ。傲慢な男で、領内の村や町を視察と言って訪れては好き放題しているらしい。


「ええ。ハキム様は、奴隷の中に『雷の魔女』がいることを聞きつけて。こうおっしゃたのです。魔女を抱いてみたいと……」


 オルゥサは苦笑した。ハキムという男が評判通りなら言いかねない。好色な男で、村や町では「ハキムが来たら若い娘は隠せ」と言われていたそうだ。


「それで、その夜、魔女の拘束を解いてハキム様の寝室へ連れていったのです…… ところが、魔女はハキム様の剣を奪い。ハキム様に傷を負わせ、見張りの兵士を蹴散らして逃げて行ったのです」


「……なるほど」


 何ともお粗末な話だ。全て領主の息子の失態ではないか。オルゥサは呆れ果てた。


「我々も油断していたのは確かですが…… そのため、領主様からは厳しい叱責を受けました。しかし、ご子息であるハキム様の行動が原因でもあったため、処分まではまぬがれました。しかし、領主様は大変なお怒りで…… 何としてでも『雷の魔女』を捕えよとおおせで」


「それは、とんだ災難だったな」


 身内が事の元凶では、領主も鉱山長を処分できなかったのだろう。鉱山長にとってもいい迷惑だ。


「それで、魔女が奪っていったのは剣だけか? 他に何か持っていなかったか?」


「いえ。ハキム様の剣だけです。あとは、着の身着のままですな」


 食料も何の装備も持たずに逃げたのだとしたら、逃げられる範囲は限られくる。魔女が逃げたのは、もう七日も前になるが。まだ、遠くまで逃げていない可能性もある。


 オルゥサは、他に手がかりになるものを探そうと思った。


「魔女は、どんな人相をしている? 見た目の特徴を教えてくれ」


「見た目は普通の女でございました。ただ、『雷の魔女』と呼ばれるとおり。左の頬に稲妻のような傷がございます」


「ほう…… 稲妻のような傷か」


 鉱山長のクロムは、自分の頬を指でなぞって傷の形を教えてくれた。これは目立つ特徴だ。探す手がかりとしては大きい。


「あとは普通の女にしか見えませんが、力は強いです。あの細身でどこからそんな力が出るのか分かりませんが。普通の男より腕力はありましたな。この鉱山では、女の奴隷は炊事や洗濯などをさせているのですが…… あの女だけは別格です。男の奴隷と同じように鉱山で働かせておりました」


 シキの民を率いて戦った女戦士だ。それに魔女とも呼ばれている。そのくらいの力があっても不思議ではない。


「また、大変に素早い女でして。魔女が逃げた時に、五頭の猟犬を放ったのですが…… いかづちのように素早い動きで、全て返り討ちにされました。さすが、『雷の魔女』と呼ばれるだけのことはありましたな」


 『雷の魔女』の異名は、頬の傷だけでないらしい。雷のように素早いというのも由来なのだろう。


「だいたい分かった…… あとは、細かいところを調べたい。色々と見て回ってもいいか?」


「ええ。もちろんです! 兵に案内させましょう」


 その後、オルゥサは兵に案内されて鉱山の中を見て回った。奴隷たちが普段寝ている場所や、働いている様子なども見て回る。そこが、いかに過酷な環境か充分思い知った。


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