第2話 雷の魔女
『
その激しい戦いぶりから『雷の魔女』と王国兵から恐れられていた。女性を『魔女』と呼ぶのは、この国で最大限の
「それほどの戦士が……
オルゥサが疑問を口にすると、ヴェイガンはゆっくり口を開く。
「反乱の後、シキの民の多くは処刑された。しかし、『雷の魔女』ミリィアは処刑されなかった。国王様が、女は殺さぬと慈悲をかけたのだそうだ」
「それで、アシミ鉱山で奴隷として働かされていたのか……」
オルゥサは苦笑した。ミリィアほどの戦士であれば奴隷として生かされるより、戦士として処刑さることを望んだであろう。実際、鉱山の重労働は死んだ方がマシと思えるくらい過酷なものだ。
「その魔女が脱走したのは、何日前のことだ?」
「五日前だ。シキの民は山の民。恐らくは、エルランの山へと逃げたのだろう。オルゥサ。お前も元は山の民だろう? この役目は適任だと思うがな」
ヴェイガンは、オルゥサの過去を知っている。オルゥサは、北西の山の民の生まれであった。しかし、故郷を捨てて傭兵となり、そこでヴェイガンと出会ったのだ。
「俺は、山の民であることを捨てた男だ。それに『雷の魔女』ほどの相手を追うならば、兵を出すべきだろう。俺一人では、どうにもならんよ」
それを聞いて、ヴェイガンは硬い表情で黙る。少し間を置いてから口を開いた。
「今、兵を出すことはできんのだ。お前もこの国の情勢は知っているだろう?」
現在、カッシア王国の国王は病に倒れていた。もう長くないと噂されている。そこで、跡目争いが起きているのである。有事の際は、この領からも兵を出さねばならないのだろう。
だからといって、こんな役目を押しつけられてはかなわない。オルゥサは少し
「俺に、たった一人で『雷の魔女』を生け捕りにしろと? それは、いくらなんでも無茶が過ぎる!」
「ああ…… 生け捕りにするのは、できればでかまわん。無理なら殺して首を持ち帰ってくれ」
「生死は問わないと……?」
生け捕りにするのと殺すのでは、かかる手間がだいぶ異なる。殺してしまう方が、よっぽど楽なのは目に見えていた。
「まあ、表向きは『生け捕りにせよ』との命令だが…… わしにもそれが困難であることは分かっている。表向きの命令は体裁だけで良い。首を持ち帰れば、領主様も納得するであろう」
ヴェイガンは、最初から捕獲できるとは考えていないようだ。オルゥサは、しばらく考えるが。やがて、重い口を開いた。
「……分かった。やれるだけやってみよう。だが、逃げたのが五日も前とあっては見つけるのも容易ではないだろうがな」
「すまんな。オルゥサ。この役目は、お前にしか頼めんのだ。相手は、あの『雷の魔女』。兵も出せんとなれば、並みの
「……報酬は高くつくぞ」
そう言うとヴェイガンはニヤリと笑った。
「任せておけ。数年は遊んで暮らせるだけの金は用意する」
どう考えても割に合わない仕事だが。恩人であるヴェイガンの頼みをオルゥサは断ることができなかった。まあ、ヴェイガンも最初からそれを見越していたのだろう。
役目を引き受けた途端、ヴェイガンはいつもの柔らかい表情になった。
「まずは、アシミ鉱山へ向かえ。鉱山長に話はつけてある。手がかりになるか分からんが、必要なことを聞くといい」
「分かった。明朝、ここを
オタの村からアシミ鉱山までは徒歩で一日はかかる。それに、そこから『雷の魔女』を追うとなれば長旅になる。色々と準備をせねばならない。
「すまんな。オルゥサ。無事に戻るのを期待しているぞ。くれぐれも用心しろよ。相手は『雷の魔女』だからな」
「まあ、やってみないと分からんが。期待に応えられよう努力はするさ」
その後、オルゥサは去って行くヴェイガンを見送った。
もはや呑気に酒を飲んでいる場合ではなくなった。オルゥサは、小屋に戻ると旅の支度を整え始めた。
☆ ☆ ☆
翌日の早朝――――
エルランの山々から朝日が顔を出す頃。
周囲はまだ薄暗く、少し肌寒い。
背中には、短弓と背負い袋。腰には短剣を差している。見た目は立派な狩人だが。狙う獲物は、獣ではなく
(魔女というのは、どんな顔をしているのだろうな……)
まあ、例え美女であれ殺さねばならないのだが。オルゥサは、そんなことをふと思った。
見送りに来る人はいない。近所の村人には伝えてあるが。山羊と畑の世話を頼まねばならなかったからだ。
しかし、帰りがいつになるかはまったく見当がつかなかった。
『雷の魔女』ミリィアは、鉱山からエルランの山々の方へと逃げたと聞いている。そもそも、見つけられるかどうかも危うい。
(だが、見つけねばならん。できることなら殺したくはないが……)
オルゥサとて、好んで人を殺すつもりは無い。だが、相手が相手だ。生け捕りは恐らく不可能であろうと心に決めていた。
そして、長い旅の一歩を踏み出し。アシミ鉱山へ向かって歩き始めたのである。
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