さあな、俺には関係ねえよ

 午前9時05分、七里ヶ浜海水浴場。

 すでに酷暑の中、高麗川の緊急招集に部員9名は時差あれど全員が到着、そこで彼らが目にしたのはあまりにも無惨な光景だった。鉄骨で拵えられた屋根付き野外ライブステージが何者かの手によって破壊されていた。損傷状況は、支柱が全てなぎ倒され、ステージ床に落下した屋根部分が突き刺さっており、とてもライブを行える状況ではなかった。サーファーなど波に興じる野次馬に取り囲まれ、波音が倒れた鉄骨を拭い、悲しげな音色を桜翔野球部員の耳元を撫でつける。


 破壊されたステージの端で制服で座り込んで泣いている軽音楽部の女子部長へ、ミニTシャツにホットパンツ姿の凛音が詳細を訊ねると、早朝には既にこのような状態だったと嗚咽混じりに説明した。


「あと……発電機が……」

「あ?発電機がどうしたんすか」

「……盗まれました……ああどうすれば!」

「盗まれたって、どうして」

「ごめんなさい、ごめんなさい、全部私のせいです!」

「一体誰に謝ってんすか。まいったな、発電機がないんじゃ演奏できねえし」


 凛音がポロッと口に出してしまった事実は軽音楽部長の心にグサッと刺さったようで、「全部、部長の私がいけないんです!」とボロボロ涙をこぼして崩れた。


「許せねえ、こそこそやりやがって」


 部長にダメ押しの一打を与えたとはつゆ知らず、凛音は砂浜を派手に蹴り上げ、拳を自身の掌に叩きつけた。そこにエリカがキャミソールの着崩れなどお構いなしにやってきて。


「凛音。ウチもやるよ、今度という今度は許さない!」

「どこのどいつか知らないけどあたしのダチを泣かせたこと後悔させてやる」

「きっとウチらのアンチよ。嫌がらせにやったのよ」

「ネットでギャーギャー言っとけばまだマシだったのにな、そんじゃここからは実力行使といきますか」


 と言った凛音が壊れたステージから鉄の棒を探し出し、エリカを連れてどこかへ行こうとするものだから薄いグリーンのワンピースで大きな麦わら帽を被った智美が慌てて呼び止める。


「ま、待って下さい!どこへ向かうつもりですか!まだ彼らの犯行だと断定できていません。ここはひとまず大人の判断に任せましょう!」

「そ、そうだよ佐々木さん。もうすぐ角館先生がここに到着するし」とカジュアルな服装の武蔵が言えば、ゆったりでダボダボな服装の友和も「凛音、今動いてもいい事なんてひとつもない。頭を冷やすんだ姉さんも」


 それでも一切の忠告を受けず先陣を切っていく一番打者を智美、高麗川、友和、武蔵、大門で追っかけていく。一方で、残されたTシャツにショートパンツとラフな格好のマリンとタンクトップにダメージジーンズを履いた大河は破壊されたステージ前で並んで立っていた。


「どう思う大河」

「どうって」

「また邪魔されたって思うのかって聞いてんの」

「さあな、俺には関係ねえよ」

「はあ?あんたねえ」

「邪魔されたから何だ。それじゃ中止にするか?ふざけんなよ佐々木や高麗川をはじめ、あそこにいる部長さんがどれだけこの日のために時間と労力を費やしたと思ってんだ」

「それは知ってるわかってるよ……でも、こうわかりやすく攻撃されたら安全面で」


 大河は大げさに溜め息をついてマリンの言葉を遮ると、破壊されたステージ前で呆然と立ち尽くしている今にも波風で風化してしまいそうな軽音楽部の部長の元へと足を運ぶ。


「おい部長さんよ、軽音フェスが始まるのは何時ですか」


 大河のぶっきらぼうな口調に部長は少々おののいたが、2、3ほど深呼吸をしてから答えた。

「えと、えーと開演予定は18時です。でも開場は17時なのでそれまでにはなんとかすれば……あの」

「楽器とか音響機器は無事なんですよね」

「ええ無事です、はい。まだ部室にあります。部員に確認させた所、こちらは被害を受けていないようです」

「じゃやりますよね」

「え?」

「フェスで自分たちの音楽、届けたいですよね?」


 人に強制を求める類のものではなく、飛びたくても飛び立てない鳥の背中をそっと押すようなそんな圧力。部長の見る大河は、噂とは違ってとても真っ直ぐで、とても温かく感じると、瞳を徐々に潤わせ懸命に声を絞り出す。


「……届けたいです。こんなんで私たちの音楽が途切れるなんて、イヤだ」


 大河は自分の胸を拳で一突き。

「はい決まり。なんだ潮崎そのシケたツラは」

 二人の元へと来たマリンは大河に言われた通り、眉を片方だけ吊り上げていた。

「まったくもう強引すぎ。でも……その方が“流星”っぽいかな」とマリンはそう言うと、照れたように微笑んだ。

「んな高麗川命名のクソダサチームに入った覚えはないが、やってやるさ。最後までな」

「大河……」

「さてとまずは佐々木とエリカさんを強制確保だ、行くぞ潮崎!」


 とひとりで砂浜を闊歩していく大河。マリンはその背中に大きなものを感じたものの、足元に落ちていた空き缶を拾い上げ、それをくだけたアンダースローで山なりに投げて、大河の頭へ見事こつんと当てた。


「いってえなてめえ何すんだよ!」

「へへーん、昨日のお返しだよ」

「何がお返しだ、そんなに悔しかったらマウンドで晴らせ。ほら、行くぞ」


 大河はマリンを待たずに先へ行く。少しだけ間をおいてマリンも歩き出す。


「追いかけるのは好きじゃないんだけどなあ」とマリンは呟くがその足取りはとても軽かった。

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