チョコレイトラプソディ(改訂版)

貴音真

チョコレイトラプソディ

【第1話「ゾンビちゃん」】


「あ、あの!これ、受け取ってください!」

 俺は生まれて初めてバレンタインチョコを貰った。ただ、その相手は普通ではなかった。俺にチョコレートをくれた女の子の名は『ゾルバルディ・ン・ビリエッタ』、通称・ゾンビちゃん。ゾンビちゃんは可愛い。物凄く可愛い。瞳は黒真珠の様に漆黒で、肌は新雪の様に白く透き通り、艶のある髪は絹糸の様に滑らかだった。近所でも評判の女の子、それがゾンビちゃん。

 だが、そんなゾンビちゃんには痛恨とも言える欠点がある。ゾンビちゃんは世界で初めて一度死んでから蘇った人間だった。いや、正確には蘇ったのではなく死んでいるのに意識を取り戻して動き出した人間。つまり、ゾンビちゃんは死人だ。俺の人生初のバレンタインチョコは可愛い死人の女の子がくれたものだった。



【第2話「死人の女の子」】


「返事はいりません!受け取ってもらえればそれで良いんです!」

 その声は教室中に響き渡った。クラスメイトの男達は俺に対して茶化す様な言葉を投げ掛け、女達はそれを言った子に向けて本当に俺で良いのかという旨の言葉を発していた。俺は人生初のバレンタインチョコを受け取って嬉しい反面かなり複雑だった。その理由はチョコをくれた女の子の生態にあった。目の前にいるのは一度死んでから再び動き出した人間の女の子、紛れもない死人であり動く死体、それがゾンビちゃん。

 死人の女の子であり、女の子の死体でもあるゾンビちゃんから人生初のバレンタインチョコを貰った俺は、綺麗に包装されたハート型の箱の中に入っているであろうそのチョコをどうすれば良いのかわからなかった。



【第3話「女の子の死体」】


「やっぱり、嫌ですよね……私みたいなブスからのチョコレイトなんて……臭いし……それ、捨ててください……」

 そう言った女の子は可愛かった。可愛くて性格もよくて近所でも評判の女の子は既に死んでいる。死んだのに動き出した死人にして動く死体、それがゾンビちゃん。

 チョコレートをチョコレイトと発音するゾンビちゃんは決してブスではなかった。ゾンビちゃんは俺の人生で出会った女の子の中でも一番可愛く、そして一番いい子だ。俺の人生初のバレンタインチョコは人生を終えた後に動き出した女の子であるゾンビちゃんの手作りだった。哀しそうにしているゾンビちゃんと周囲の視線に耐えられなくなった俺はその場で包装紙を開封した。



【第4話「死人からのチョコ」】


「えっ!?た、食べてくれるんですか!?」

 俺の手元にあるハート型の箱に入ったチョコをくれた女の子は嬉しそうに言った。瞳孔が完全に開き切った瞳を輝かせているその女の子はきてはいるが生きてはいない。死んだ後で再び動き出した女の子、それがゾンビちゃん。

 ゾンビちゃんの瞳は瞳孔が完全に開いるために全く変化することはない。そんな光のない瞳を輝かせて俺を見つめるゾンビちゃんは確かに嬉しそうで、その瞳は俺に対して早く食べて欲しいという視線を送っていた。ゾンビちゃんからの期待の眼差しと周囲のみんなの期待の眼差しに俺は全身を突かれた気分だった。そして俺は包装紙の下から出てきた所々に赤黒いシミが付着したハート型の箱の蓋を開けた。



【第5話「赤い色のメッセージ」】


「あっ!あっ!ちょっと!みんなは見ないでよね!恥ずかしいから!」

 箱の蓋を開けた瞬間、俺の目の前にいる女の子は恥ずかしそうに言った。恥ずかしそうにする様子も可愛いその女の子は新雪の様に真っ白い頬を紅潮させることなく照れていた。どんなに恥ずかしくても、どんなに照れていても、その真っ白い頬が紅潮することはない。血が通っていない新雪の様に真っ白い肌を常に保って動く死体、それがゾンビちゃん。

 箱の中から出てきたチョコの表面には赤い色で『死ぬほど大好きです』という文字が書かれていた。ハート型の箱に入れられたチョコの表面を彩る赤い色のそのメッセージを周囲のみんなに見られることが恥ずかしいのか、ゾンビちゃんは両手を広げて必死で周囲の視線を遮ろうとしていた。俺はその赤い色に対して装飾用の食材以外の何かを想像せずにはいられなかった。



【第6話「死んでいる女の子」】


「それが私のあなたへの想いです……といっても私、本当に死んじゃってるんですけどね……」

 女の子は哀しそうに言った。笑顔のままで哀しそうにしているその女の子は既に死んでいる。死んでいるのに動く女の子、それがゾンビちゃん。

 ゾンビちゃんの心臓は完全に停止していて血を肉体からだに通わせることはもう二度とない。それでも確かにゾンビちゃんの心は鼓動を奏でているとわかった。胸の高鳴り、心の鼓動、死んでも大好きという想いを抱くゾンビちゃんは確かに死んでいる。そんなゾンビちゃんがチョコの表面に書いた赤い色のメッセージと目の前にある哀しい笑顔から放たれた言葉、それらが奏でるラプソディに俺は胸が痛くて仕方がなくなった。そして俺は箱に入ったそのハート型のチョコを手に取って口へと放り込んだ。



【第7話「愛おしい女の子」】


「あっ……!?」

 目の前にいる女の子は驚いていた。自分で作ったチョコを俺が食べたことに驚いたその女の子の心臓はもう停止している。生物として確かに死んでいるのに動く女の子、それがゾンビちゃん。

 俺は全身から異臭を放つゾンビちゃんと同じくらい強烈な匂いを放つそのチョコを一気に全て食べ切った。そのチョコは甘くて苦くて臭かった。気がつくと知らぬ間に俺の頬を涙が伝っていた。ゾンビちゃんは俺の涙を見ると慌ててハンカチを渡してくれたが、その涙はどんなにハンカチで拭っても決して止まることはなかった。こんなにも優しく、こんなにも愛おしい女の子がくれた俺の人生初のバレンタインチョコの味は涙の味がした。その涙味なみだあじのチョコはとても哀しい匂いがした。哀しくて、悲しくて、悔しくて、狂おしくて、言葉では表せない感情から自然と溢れ出るその涙を俺は止めることが出来なかった。

 ゾンビちゃんはこんなにも人間らしくきているのにもう死んでいるという事実が俺は辛くて堪らなかった。



【最終話「ゾンビちゃんは生きている」】


「ごめんなさい……やっぱり不味かったですよね……ごめんなさい……」

 その女の子は涙を流し続ける俺を心配そうに見つめながら謝っていた。表情筋が動かせず、どんなに感情を爆発させても笑顔のままで変わることの出来ないその女の子は確かに死んでいる。死んでいるために表情を変えることができない女の子、それがゾンビちゃん。

 俺は表情も顔色も変えらないまま笑顔で謝っているゾンビちゃんの手をそっと握った。その手は冷たく、小刻みに震えていた。その冷たさがゾンビちゃんの抱いている哀しみの証のように思えた俺は震えているその手をより強く握り締めて言った。

「おいしかった!ありがとう!今までの人生でこんなおいしいものを食べたのは初めてだ!」

 震えながら声を発したその時、俺は俺と同じように震えているゾンビちゃんの瞳から決して流れるはずのない涙がこぼれたことに気がついた。その涙は透明な輝きを放ちながら白く澄んだ頬を伝っていた。既に死んでいる筈のゾンビちゃんが涙を流していた。

 俺は繋いだ手を放してゾンビちゃんの頬を伝う涙を指先で拭い、ゾンビちゃんの白く乾いたくちびるに自分のくちびるをそっと重ねた。ゾンビちゃんのくちびるはほのかに温かかった。

 誰もがその可愛さを認める美少女『ゾルバルディ・ン・ビリエッタ』、通称・ゾンビちゃん。

 彼女は既に死んでいる。けど、その心は確かに生きている。少なくとも俺はそう思う……

「あの……これ……私のファーストキスですからね?」

 キスを終えた後でそう言ったゾンビちゃんの瞳、その瞳孔には光が戻っている様な気がした。

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