第19話 えたらな
「……」
ザザザーとノイズが強くてよく聞き取れない。
「……」
ザザー、ザザー。僕は必死で耳を澄ますけれど、やっぱりだめだ。
そうする間に、徐々に声は小さくなっていくような気がする。
「待って! 行かないで! 僕ずっと待っていたんだから!」
「……」
遠ざかる声を引き留めるように懸命に訴える。
「ずっと連絡がなかったから、僕のこと忘れちゃったのかと思ってたんだよ! 覚えていてくれたんだね!」
「……」
離れていく気配からは、もはや僕に向かって言葉を投げてくれているのかさえ分からない。
ザザー、ザザー、ザザー。
頭の中をノイズが埋め尽くしていく。
だめだ、だめだ。せっかく会えたのに、また離れ離れになってしまう。きみのことを何も知れないまま。
ザザザザザザザザザー……。
片手で頭を抑えながら、もう片方の手を伸ばす。引き留めるために、きみの名を呼ぼうとして口を開く。が、なぜかどうやっても声が出ない。きみの名前を呼びたいのに。
待って。
僕の声は届かないまま、気配は消え、すべてがノイズで埋め尽くされていく。
「――ナナ!」
はっと目を覚ます。僕を呼んだのは、あの声の主ではなかった。
イチハが心配そうに見つめている。
「大丈夫?」
そっと僕の体を引き寄せる。それでようやく自分が泣いていることに気付いた。
「怖い夢を見たのかしら?」
「ううん……、久々に夢の中で会ったんだ、あの――」
そこまで言い掛けて、僕ははっと口をつぐむ。イチハが気遣わしげに見つめる。僕はパクパクと口を動かそうとするけれど、言葉が出ない。
「どうしたの? 大丈夫なの?」
「――あの――、あの――……」
テントの入口から、旅人ドゥークと兎のミミもそっとこちらの様子を窺っている。
「えと、あの、――けー……、そう、Kの夢を見たんだ!」
思わず大声になってしまったが、イチハに久々にKの夢を見たことを伝える。「そう」とイチハは納得してくれたようで、僕は微かに安堵の息を漏らす。
その後、朝食の間も、テントを畳んで出発してからも、僕の心臓はバクバクいったまま不安に飲み込まれてしまいそうだった。
本当に大事な人なのに、咄嗟に「K」という名前が出なかった。思い出そうとしても、Kの顔も声もぼんやり靄がかかったようで、以前のように自信をもって明確な輪郭を描くことができない。そのことに大きなショックを受けていた。けど、大切な人のことを忘れてしまいそうだなんて、誰にも相談できない。
Kと別れてからもうずいぶんな時間が流れていた。当初は毎夜見ていたKの夢も、いつの間にかすっかり見なくなっていた。
早く、早くKを探さなければ。
はやる気持ちのままに足を踏み出し、早足で皆の先頭を歩く。
「坊ちゃん、危ないですよぅ」
後方からミミが声を掛ける。返事もせずに、黙して先へ進む。
早く、星を探して、Kに再会するのだ。
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