第16話 ミミの物語

「星を集めたら、願いを叶えることができます」

 ミミが言う。ドゥークもイチハも小さく頷いた。知っていたみたいだ。そういえば、ドゥークは星を集めているのだと、出会った時に言っていた。

「ミミの願いごとって何なの?」

 イチハが訊く。

「……人間になりたい」

 ミミがもじもじと身を小さくして答えた。

「恋をしたです。だから、星を集めて、ミミは人間になりたい」

 俯きながらも、はっきり通る声で言った。

「へえ! 人間に恋をしたのね。詳しく聞かせてよ」

 ドゥークの手当てをしながら、イチハが身を乗り出す。小さな兎は一瞬だけ考える仕草をしてから、思い切ったように顔を上げて、語り始めた。

 ――ミミは、ここからもっとずっと東で暮らしていました。

 ミミはみなしごで名前もなくてずっと独りぼっちだったけど、村の皆はとても良くしてくれました。

 けれど、ある日突然、皆いなくなってしまった。村中探したけれど、誰もいないし、何の形跡もなかったです。

 ミミは本当の家族じゃないから置いていかれたんだ。三日三晩泣き続けて、瞳は真っ赤になってしまいました。それでも何も戻ってきません。泣いているばかりではだめだ。ミミは旅に出ることにしました。今度こそ、自分の居場所を見つけるために。

 当てもなく森を彷徨って、何度も獣に追いかけられました。

 そうしてモンスターに襲われていたところ、あのお方が颯爽と現れて助けてくださったのです。

「まるでミミの騎士ナイト様ね」

 イチハが言うと、ミミも嬉しそうにはにかむ。「そうです、ミミの騎士様です!」

 ひとりだと危ないと騎士様が言い、ともに森を進みました。騎士様も旅をしていました。ミミと同じで、行く先に当てはない。探しものをしているのだと言いました。

 旅する中で、身の上話もしました。みなしごで名前もないのだと言うと、騎士様は名前をくれました。「ミミ」は騎士様につけてもらった名前なのですよ! 名前を付けたのだから、ミミと騎士様は家族なのだと。優しく微笑みました。ミミはとてもしあわせでした。

 けれど、途中で騎士様とお別れしました。通信鳥がメッセージを運んできて、騎士様は一度引き返さねばならなくなったのです。一緒に行くかと騎士様は訊きましたが、ミミはひとりで進むと答えました。騎士様は、別れ際までミミのことを心配してくれました。

「必ずまた追いつくから、それまで無事でいろ」

「戻ってきた時には大きな声でミミを呼んでください。ミミは耳がいいですからね、きっとどこにいてもあなたのことを見つけます」

 そう約束しました。

 だから、絶対に騎士様とはまた会えます。それまでにミミは人間になりたいのです。

 ――ミミはそう力強く言った。

「なら、人間になって騎士様に再会できたら、めでたしめでたしだね」

 僕が言うと、ミミは力なく首を横に振った。

「……騎士様は、大切なお姫さまを探すために旅をしているのです」

「けど、諦めてないんでしょ」イチハが発破をかけると、ミミは「もちろんです!」と大きな声を出した。

「どこでもドアがあれば、いつでも騎士様に会えるのにね」

 イチハがミミに言う。手当てを終えたドゥークもじっとミミを見つめている。

「どこでもドア? なんですか、それ? そんな良いものが存在するんですか。ミミ、それ欲しいです!」

「あれ。あんた、あっちの世界から来たんじゃないの?」

 イチハに言われて、ミミはきょとんとした顔をしている。

「だって、こっちの世界にコーヒーなんて飲み物ないでしょ。コーヒー豆はあるけど、害虫除けにしか使ってないじゃない」

「飲むコーヒーのことですね。ミミは、騎士様に教えてもらいました」

 イチハとドゥークが顔を見合わせる。なら、その「騎士様」が二人と同じ世界から来たのだろう。

「けれど、僕、ハートならあるけど、星なんて持っていないよ」

 ふと、ミミが「坊ちゃんの持っているが欲しい」と言っていたのを思い出し、尋ねる。

「ありましたよ、坊ちゃんの袋の中に! それで、袋から星だけいただこうと思ったんですけれど、できなかったんです」

 ミミはそう言って長い耳を垂れた。

 どういうこと? 僕らが袋を覗き込むと、そこにあるのは、僕が入れたはずのハートとは違うものだった。

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