第13話 森の中

 西へ向かって進む。

 イチハに僕のハートの欠片を分けてあげるからそれで村へ戻るかと訊くと、彼女は首を横に振った。

 砂漠を抜けて、森に入った。水や木の実など手に入るから僕は喜んだが、見通しのよい砂漠とは違って、どこから獣や猛禽が出てくるか分からない森の中では気を引締めねばならぬとドゥークは厳しい顔をする。獣よりも人間の方が怖いと、イチハは口角を歪めた。

「ねえ、ナナ」

 呼び名がないと不便だからと、イチハは僕をナナと呼ぶようになった。「名無し」の「ナナ」らしい。名前はKに付けてもらうからいらないと言うと、これは名前ではなくコードネームのようなものだといって聞かない。仕方がないので好きにさせている。

 僕もイチハも食料の調達は旅人ドゥークに頼りきっている。

 毎日暗くなる前に停泊場所を決めると、僕とイチハにテントや料理の準備をさせて、彼はふらりと出て行く。だから僕らは宿泊準備に関してはずいぶん手際よくなった。早々に段取りできた時には、辺りの木の実なんかを採取する。キノコは毒かどうかの見分けが難しいからやめておけと、イチハが言う。勝手に変な物を食べてお腹を壊したのは自分の方なのに!

 一度、沢の近くにテントを張った際、こっそり抜け出して魚を獲りに行ったことがある。魚なら牙も爪もないから、僕でも捕まえられると思ったのだ。けれど、結局一匹も捕まえることができず、挙句夢中で魚を追いかけたせいで迷子になってわあわあ泣いていたところ、ドゥークに発見され、こってり怒られた。テントに戻って焚き火で体を温めている間、イチハは僕のことを抱えて離さなかったし、彼女の靴もまたドロドロで、ずいぶん二人に心配を掛けてしまったと反省した。

 けれど、僕だってこの旅で成長してるんだ。足も速くなったし、力もついた。体だって少しは大きくなったと思う。まだ、野生の獣に出くわしたことはないけれど、小さい生き物なら僕でも捕まえられる。ドゥークが時々獲って帰ってくる肉みたいな大きな獣は無理だけれど。

 そんなことを考えているうちに、今日もとっぷり日が暮れてからドゥークが戻ってきた。

「鳥かな?」

「豚かな?」

 僕とイチハはわくわくして旅人を迎える。けれど、彼は大きなマントを一枚羽織ったきり、鳥も豚も持っていそうにない。

 あーあ、今日は肉なしかぁ。

 と、がっくりしそうになったところ、ドゥークが太い腕をマントに入れて、懐から小さくてもふもふしたものを取り出した。

「……兎だ!」

 僕らは歓喜の声を上げた。

「私、ジビエって興味あったんだ。兎って鶏肉みたいな味なんでしょ」

「へーえ! 僕も食べてみたい」

 イチハと僕がきゃっきゃと話していると、ドゥークが持つ兎がぴょんと跳ね上がった。

「やめてえっ!」

 もふもふの体でドゥークにしがみついている。

「あれ、生きてる。仕留めてこなかったの」

 イチハの呟きに、慌てて兎が反応する。

「ちがいます! 餌じゃありません! ミミです! 兎のミミといいます! ほら、名前が付いているのだから、もう食べられないでしょ」

 兎のミミがぱたぱたと手足を動かす。

 モンスターに襲われているところにたまたま出くわし助けてやったのだと、ドゥークが言う。ミミを助けてやってる間に、せっかく仕留めかけた獲物には逃げられたって。

 助けてもらったからか、兎は旅人に懐いているようで、その懐から出てきてからずっと彼にしがみついたままだ。なんだかもやっとする。

「やい、食べられたくないんなら、さっさとどっか行っちゃえよ」

「やあですよ! 暗くなってから森をうろうろしてたら、すぐにやられちゃいますよ。ドゥーク様と一緒がいちばん安全なんですから、ミミはここにいますよ! 坊ちゃんだって、同じでしょ」

「僕だって、お前くらいなら捕まえられるんだぞ」

 むっとして言うと、ふふんと兎は笑った。

「坊ちゃんじゃ無理ですよ。この森には危ない連中が多いんですから」

「うそだ。そんなの見たことない」

 この森に入ってから、獰猛な動物など目にしていない。熊さえ見ていない。夜だって火を熾しているから、獣は近付いてこない。

「守られているんですよ」

 そう言って、兎はしがみついていた旅人のマントをばっと引上げた。

「わっ、こら、やめろ!」

 ドゥークはすぐにマントを下ろしたけれど、僕はしっかりと見てしまった。マントに隠されていたドゥークの体は傷だらけだった。まだ血の乾かぬものもあった。兎が赤いガラス玉のような瞳を向ける。お前は守られていることさえ分かっていないのか、と。

「こーら、ケンカはおやめ!」

「いてっ」

「あいたっ」

 ポカッ、ポカン、とイチハがミミと僕の頭をゲンコツで打った。

「ドゥークもまた傷を増やしたね。あとで滲みーる消毒薬で手当てするからね!」

 冗談めかしながらも、労るように旅人の背に手を添える。

 一触即発の気概を削がれた僕とミミは、ぽかんとイチハを見つめる。ぐぅ~、とタイミングよく誰かの腹が鳴った。

「それにしても、お腹すいたね」

 イチハがちらりともふもふに視線を向けた。




 次回、「さよなら、ミミ」

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