第12話 赤き実

「イチハはハートを持っていないの? ……ドゥークも?」

 恐るおそる尋ねると、二人ともはっきりと頷いた。僕は、持っている。

「ハートとは何なのだろうな」

 旅人ドゥークの呟きに、行き倒れイチハが反応する。

「ねえ、少年はハートを持っているでしょう?」

「……うん……」

 なんとなくいたたまれない感じで小声で答えると、二人ともやさしく笑って頭を撫でてくれる。焚き火を囲み、ドゥークとイチハに挟まれて座る。とても温かい。

「ねえ。生まれる前、あなたは白い部屋の中にいたのよね」

 確認するように、イチハが僕に言う。

「うん。外に出てから、それが卵の殻のようなものだと分かった」

「その卵の殻の外側は赤色だったのよね。……外は赤くて、内は白。何か思い浮かばない?」

「……林檎か」

 ドゥークが答える。

「そう。そして林檎はさまざまなメタファーを持つわ」

「旧約聖書では知恵の実だが」

「他方、ライフの象徴でもある。白雪姫然りね」

「なるほど」

 二人は話を進めていくが、僕には全然分からない。リンゴって? 怪訝な顔をしていると、ドゥークが砂の上に枝で絵を描いてくれた。球形の果実で、ドゥークの両手に収まるくらいの大きさだという。甘くて美味しいのよ、とイチハが笑った。

「ハートはその欠片なのよ。この世界で生存するには欠片でもあればいいけれど、命を生み出すには一定量のハートが必要なの。婚姻によって生まれる場合には男女それぞれ半分ずつハートを出し合って林檎を作る。単為生殖の場合には、」

「単為生殖もあるのか!」

 ドゥークが大きな声を上げる。

「ええ、この世界では単為生殖もある。その場合……」

 話を続けかけたイチハの声がピタリと止まる。どうしたのかと見上げると、イチハとドゥークがじっと視線を交わしている。それからちらりと僕の方へ視線を落とした。

「もう遅いしテントへ戻りましょう。風下から獣達が寄ってくると危ないから」

 耳を澄ますと遠くで遠吠えがする。火の番をするドゥークを残し、僕とイチハはテントへ戻った。獣が怖いのか、イチハは僕の体をぎゅっと抱きしめて眠った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る