第10話 四次元ポケット

 朝、起床すると、すでにテントの中には誰もいなかった。

 慌てて飛び出すと、近くの枯れ木の根元に旅人ドゥークの大きな背中が見える。あんなところにしゃがみ込んで何をしているんだろう。近付いてみると、ざくざくと砂を掘っている。

「ねえ、なに……」

「おはよう」

 声を掛けようとしたところ、ふいに挨拶される。声の方を振り返ると、襤褸をまとった行き倒れが、枯れ木の根のところに腰掛けている。

「お、おはよう……ございます……」

 ドゥークの背中に隠れて挨拶を返すと、行き倒れはふふふと笑った。

 まだ少しふらふらしているようだけれど、昨日と違い目はぱっちりと開いている。大きくてきれいな瞳。女の人だったんだ。そんなことを考えていると、ドゥークが声を上げた。

「出たぞ!」

 見ると、掘った穴の底からじわりと水が滲み出している。

「ね。以前ここに泉があったから、掘れば水が出ると思ったのよ」

 行き倒れが言う。

 ドゥークは、布切れやら小砂利や木炭・小石を詰めた漏斗ろうとに水を溜めて、濾過装置をつくる。

 湧き水で顔を洗う行き倒れに、背嚢からタオルを取り出して渡す。

 火を起こし、背嚢から出した食材と調理器具で朝食の準備をする。

「すごい。その背嚢、何でも入っているのねえ。四次元ポケットみたい」

 行き倒れが感嘆の声を上げる。その言葉に、旅人が驚いたように振り返る。

「いま、四次元ポケットと言ったか?」

「ああ……、あなたもあっちの人間なのね」

 短いやりとりをして、二人はじっと視線を交わす。僕には何のことだかまるで分からない。

 二人でぼそぼそと何やら話し合っている。僕のよく分からない話を。たった四次元ぽっちのポケットがなんだってんだ。

 待っていられないやと、先に一人で食べ始めた朝食は、なぜかあんまりおいしく思われなかった。パンもベーコンもせっかく上手く焼けたのに、冷めちゃうじゃないか。ドゥークも行き倒れもまだお喋りしてる、ばかだ。ばかばか。

 もぞもぞと、僕の小さな背嚢の中身が微かにうごめいていることに、この時僕達はまだ誰も気付いていなかった。

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