第9話 行き倒れ

 村があるということは、近くに水場や森がある可能性がある。大きなオアシスは当然村が囲い込んでいるだろうけれど。

 旅人ドゥークの予想を信じて僕らは砂漠を歩く。ええと、「近く」ってどれくらいの距離のことなんだろうか。すでに村は豆粒よりも小さくなって見えない。げんなりして足元に視線を落とす僕の頭上に声が掛かった。

「あったぞ!」

 旅人の指差す先に、茂みがある。

 茂みといってもほとんど枯れ木のようで、茶色のかたまりの中にわずかばかりだけ緑が見える。

 体力を消耗しないよう、期待しすぎないよう、早足でその場所に向かう。近づいてきた時、急にドゥークが駆け出した。慌てて僕もあとを追う。

 ドゥークは大きな枯れ木の根元にばっと屈みこんだ。泉か食物でも見つけたのだろうか。ようやく追いついた僕は、そのどちらでもないことを知った。

 人が倒れている。

 大きな枯れ木に引っ掛かるようにして、倒れている人を、ドゥークがゆっくり抱き起こす。

「う……」

 小さな呻き声が上がる。よかった、まだ息があるようだ。

 襤褸をまとって顔も黒く汚れ、かさかさに乾いた唇に、ドゥークは水筒の水を与えた。僕ははらはらとそれを見守った。もうあまり水も残っていないというのに、こんな死にかけの人に分け与えるなんて! 一瞬でもそんなことを考えてしまった己を恥じた。

 ごくん、と行き倒れの喉が鳴った。一口飲むと、あとはそのままごくごくと少しずつ水は喉を通っていった。ぴくりと行き倒れの手が動いた。けれど、また力なくだらりと落ちた。ああこの人は水筒を支える力さえ残っていないのだ。そばに寄り添い、僕も手を添えて水筒を支えるのを手伝い、水を浸した布切れで体をさすり冷やした。その間も、行き倒れの人の体はぐったりとドゥークの大きな腕に抱えられたままで、その目は固く閉じたままだった。

 日も暮れてきたので、今夜はそのままこの場所にテントを張ることにした。

 ドゥークは行き倒れを抱えているので、はじめて僕一人で設営した。ドゥークの指示を受けながら、なんとかかんとか、彼の何倍もの時間をかけて寝床を整えた。そこに行き倒れを寝かせて、ようやくドゥークは手が空いた。

 二人で満天の星を見上げながら夕食をとった。

 食事を終えてもじもじしていると、「どうした」とドゥークが心配そうな顔を向けた。ええいままよと、僕は思い切って旅人の膝の上にぼすんと座った。

「ははは」

 旅人は笑って、大きな手でやさしく頭を撫でてくれた。

「そうだな、坊主は生まれたばかりだものな。甘えん坊め」

 そう言って、僕が満足するまで膝の上で、星座の物語などを聞かせてくれた。旅人の低い声を聞きながら、僕はいつの間にか眠りに落ちていた。

 行き倒れよりも自分のことばかりで、僕は悪い子だ。とはいえ、テントの中からはすーすーと細い寝息が聞こえる。よかった、あの人ちゃんと生きている。他人の呼吸と温かい体温。ふわふわした夢を見ながら、僕はKのことを想っていた。一人で寂しくないだろうか。会えたら、Kのことをぎゅっと抱きしめてあげたいと思った。

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