第8話 はじまりの村

 食事は、旅人の大きな背嚢に詰められたパンやチーズやミルクを、少しずつ分け合って食べた。大した量は食べていないはずなのに、しっかりと排泄やら出るものは出て、その度にああ生きてる生きてると僕は感動した。

 そうしてもう何日間砂漠を歩き続けたろう。水場もないのにこうして生きながらえているのは、ひとえにドゥークの背嚢のお陰だ。どんな収納上手なんだか、次から次にしっかりと必要なものが過不足なく出てくる。

「ドゥークの背嚢は、魔法みたいだね」

 と言うと、旅人は満更でもなさそうに冗談めかして笑った。

「まるで四次元ポケットみたいだろう」

「よじ……?」

 彼が言ったことばが分からなくて、聞き返したところ、「……ああそうか……」と彼は少しかなしそうな顔をした。それで何度か聞き返してみたけれど、言っても仕方がないとばかりに、彼はもう先程のことばを教えてはくれなかった。

 生まれたばかりでものを知らなくて、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。僕は彼の話し相手さえ務まらないのだ。もっといろんなものを見て聞いて、たくさんのことを知りたい。学びたいと切に思った。

 なんとなく気まずいまま、黙々と何もない道を進む。

「お」

 先に声を上げたのは旅人だった。足元ばかり見ていた僕もつられて視線を上げ、同じように声を出した。

「あっ」

 ――村だ。

 まだずいぶん距離はあるけれど、一面なにもない白い砂漠の中に、明らかに。複数の建造物とそこから立ち上る白い煙が見える。くんくん。ドゥークがそちらの方角に向かって鼻をぴくぴくさせる。僕も倣って鼻をくんくんする。

 なにか料理しているにおいがする!

 僕らは村へ向かって駆け出した。

 その場所はぐるりと一帯が木の柵で囲われている。入口は一箇所だけだ。さほど大きくもない門の前に回ると、門番であろうか、帷子を着て長い槍を持った男が立っている。

「ここははじまりの村さ。通行証がないと通すわけには行かないね」

「通行証? そんなの持っていない。どこで手に入るの?」

 門番に尋ねる。平凡な顔の門番は無表情のまま答える。

「ここははじまりの村さ。通行証がないと通すわけには行かないね」

「一日だけでいいんで泊めてもらえませんか」

「ここははじまりの村さ。通行証がないと通すわけには行かないね」

「一食させてもらうだけでもいいです」

「ここははじまりの村さ。通行証がないと通すわけには行かないね」

 何度質問しても、同じことを繰り返すばかりで話にならない。マニュアル通りに仕事してるんだろうけど、ここまで融通が利かないのは困ったものだ。

 ちらとドゥークの顔を見上げる。門番は中肉中背であの程度の装備なら、体格のいいドゥークなら一捻りでやっつけちゃえるんじゃないか。隙を突いて通り抜けてしまえばいい。

 そう思ったのに、ドゥークはふぅと溜息を吐いて、あっさり踵を返した。

「待って。どこ行くの」

「通れないのだから仕方ない。通行証が手に入ったらまた来ればいいさ」

 そう言って、再び何もない砂漠を進んでいく。

 門番は何も言わずただ空虚な瞳を向けるばかり。

 温かい食事がすぐそこにあるのに! 地団駄を踏みながら、僕は旅人の背中を追いかける。今日もまた冷たいパンに野宿だ。

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