処女作

小説を書こう!魔王が出てくるファンタジーを書こう!

そう思って初めて書いたのがこの作品です。

王道ではありませんが、勇者×魔王、いわゆる勧善懲悪から逸れた内容になってます。今になって見返すとゾワゾワしますが、最近また小説を執筆しようと奮起したので掲載しておきます。



ではではどうぞ


 ◆◇◆◇


「これは美味い! こんな瑞々(みずみず)しい野菜は初めてだ。美食家である私の舌を唸らせるとは大したものだよ君ぃ」


 やや頭が薄く悪人面、しかし身なりだけは整った小太りの男はトマトに齧り付くなり歓喜の声を上げた。咀嚼しながらウンウンと頷きつつ、トマトを見定めては「素晴らしい」と呟く。

 俺はそれを見て、すかさず言葉を続けた。


「いやぁ旦那は実にお目が高い。このトマトはあの美食の宝庫として有名な産地〝ブルクテリア〟で採れたものでして。しかも極秘の品種改良に成功した、まだ世には出回っていないものなんですよ。今回はたまたま、特別なルートで仕入れたものでして……」


「おおっ! どうりで私も見た事がない訳ーーーーい、いや、ゴホン、噂なら聞いた事があるぞ? うんうん、そうかあのブ……ぶるくてりあ? の野菜か。なるほど得心した。おい君、この野菜達は全部私が買い取ろう。値段は言い値でいい」

「まいど! じゃあこの箱全部で40000Gでどうでしょう?」

「わかった。おいお前達、早く馬車に積みなさい」

「かしこまりましたご主人様」

「いやぁ〜いい買い物が出来た。じゃあな商人、またよろしく頼むよ」

「はいはい、まいどあり〜」


 満足げに去りゆく貴族を見届ける。

 ガラガラと馬車の音が聞こえなくなるまで頭を下げつつ、ずっしりとした懐の重みに酔いしれた。


「…………ぷっ」


 いかん、我慢できない。


「ぶぁーはっはっは! なーにが〝噂は聞いた事がある〟だ、あのデブ。そんな街なんて存在しねぇっての。食通の肩書きでアコギな商売してる奴の舌なんざこんなモンだろうよ。悪さで肥やしたあの腹は何だってんだ、野菜でも食って痩せてみろ」


 俺は馬車が見えなくなるや、溜め込んでいた鬱憤を吐き出した。あの男は粗末な食品を高級だと偽り他人に卸しているらしい。どうせあの野菜達だって法外な値段で押し付けるのだろう。ま、俺は俺の利益が出たので知った事ではないのだが。

 人目に付かない所まで移動すると、ドカリと地面に座り込んだ。


「いやぁ堪らねぇよまったく。元値掛からず40000Gの儲けときた。俺の口先は時給40000Gってか。笑いが止まらねぇぜ」


 路地裏で満足いくまで金貨の入った皮袋に頬ずりした。これだけあれば暫くの衣食住に困らない。小洒落た宿屋で綺麗なおねーちゃん達と豪遊したとしてもだ。

 最近は小さな詐欺を重ねて食い繋いできたが、ここにきて大きな儲けを得ることが出来た。まさか道端に大量に野菜が落ちているなんてラッキーとしか思えない。

 まぁ見た事もない野菜だったが、痛いんでもないし、毒味して問題もなく味は抜群だった。だから綺麗に洗って美食家気取りの悪徳貴族に売ってやった訳だ。


「さってと、これで昼間っから浴びるほど酒でもーーーー」

「飲めると思うか、この詐欺師が」

「えッ!? な、なんだよお前ら!」


 ゴテゴテとした分厚いプレートメイルに身を包んだ兵士。それがいつの間にか五人も集まって俺を囲んでいる。どうやら俺を張っていたのか、事の顛末を見届けた後ぞろぞろと体良く現れやがった。そしてその中央、一人だけヘルムを装備していない髭面のおっさんが前に出て、品定めでもする様に俺を見回した。


「さっきの口先だけのハッタリ、呆れるほどに見事だったな。噂通りの男らしい」

「な、なんだよ! 馬鹿を騙して何が悪い!」

「ああそうだ、騙される方が馬鹿なのは事実だ」

「……は?」

「おい、連行しろ」

「ちょ……待てよお前らいきなり……いでででで!」


 俺は下っ端の兵士に羽交い締めにされながら乱暴に馬車に放り込まれた。何がなんだか分からないまま、拘束された俺は何処かに連れて行かれた。



 ◆



「ーーーーで、何なのコレ?」


 尻が冷たい。

 暫く使われていなかったのか、掃除も行き届いていない牢屋にぶち込まれていた。腕は後ろできっちり縄で縛られ、ご丁寧に足に重りまで付けてやがる。


「馬鹿か、詐欺は立派な犯罪だ」

「いやいや、アンタさっき〝騙される方が馬鹿だ〟ってのに賛同したじゃんよ」

「さぁ、言ったかな?」


 兵士長らしき男は吐き捨てつつ髭を撫でる。ご自慢の髭らしいが、俺から見ればただの無精髭にしか見えない。


「この髭ダルマが」

「髭ダルマで結構。ここからはマルク大臣がお前と話をする」

「……あん?」


 マルク大臣?

 ああ、あの王国で有名な〝二枚舌〟のアイツか。見え透いた嘘で王を誑(たぶら)かし、至福を肥やすクズ野郎が俺に何の用だ?

 そんな疑問を浮かべていると、趣味の悪い装飾に塗れた小柄な太った人物が現れ俺の前に立った。爬虫類を思わせるギョロリとした目をこちらに向けるや、満足そうに笑みを浮かべた。


「やぁ、君が噂の詐欺師バテルだね?」

「あん? 俺ってば噂になってんの?」

「質問に質問で返すのは関心しないねぇ。富豪層だけを狙って小銭稼ぎをする小悪党として有名だよ」


 俺はそれを聞き、フンと鼻を鳴らした。


「そいつは違うな。俺が狙うのは〝汚い方法で金持ちになったクズ〟だよ。つまりアンタみたいな人種だ」

「ひはは、中々言うじゃないか。気に入ったよバテル」


 チラチラと金歯を見せながら、くぐもった下品な笑いを浮かべる。


「え? じゃあ釈放してくれるの?」

「いいとも、けれど条件がある」

「条件?」

「そうだ……その条件とはーーーー」




 ◆



 翌日。


「はぁ〜〜〜〜」


 長いため息をつき、重い足取りで歩を進める。

 目的地は目の前にあるのに、いざとなると大いに踏み出せずにいた。聳え立つのは天にも届きそうな規模を誇る魔王の城。そう、マルク大臣の出した条件とは〝魔王〟を騙してこいと言うものだ。


 今この世界には魔王が存在する、もちろん魔物もだ。

 しかし人類とは対立している訳では無く、停戦協定という大義名分の元、世界を半々にして領土を分けているという状態だ。

 不可侵条約によって互いの領土には立ち入らないのが前提である。

 もちろん本気を出せば魔王側の方が圧倒的な強さなのは間違いない。だって相手はバケモノの集団だ。人間側にも兵士は居るが、とても相手にならないだろうーーーーと、俺は思っていた。

 しかし、マルク大臣の話を聞くと、なんと人間側の軍事力は日に日に拡大しているそうな。

 それを魔王軍は知っているのか? という俺の質問に対し、マルク大臣は「もちろん伏せてある」と言い切った。


(マジかよこいつら)


 不可侵条約の大前提として掲げられるもの、それは互いに公平であることだ。

 月に一度、人と魔の代表が顔を合わせる定例会がある。定例会では互いの情報を公開して共有しているらしいが、そこで軍事力の公開も行われている筈だ。だがマルク大臣の口振りからすると、そこでの報告は当然嘘なのだろう。

 狡いマルク大臣のやりそうな事だが、奴は俺に対し、その秘密裏な兵力増加の〝核〟を任せてきやがった。


『魔王を欺け。魔王軍の兵力の全ての裏をとり、そして情報を掌握しろ。どうせ奴らも本当の戦力は隠しているに違いない。バテルよ、お前にとっても悪い話ではないぞ? 働き次第では貴族の地位を与えると約束しよう』


 との事である。


「いやいや、無茶だって馬鹿なのか? それに貴族の地位なんていらねぇっての」


 一介の詐欺師の俺が魔王を誑かす?

 なにそれ悪い冗談なの?

 そもそも単身で魔王城の前に放り出されて、そんでもって「騙してこい」じゃあ余りにも酷いと思う。

 俺にだって心の準備くらい必要だ。詐欺師としての自信はあるがそれは準備あってのものだ。騙すのだって行き当たりばったりで上手く出来るわけがない。

 念密な作戦すらも考える時間も与えられず、死の覚悟と隣り合わせで魔王と相見えなければならない。噂ではすっごくデカくて、牙とか爪とか生えていると聞いた事がある。

 あーダメだ、死んだなこれは。詐欺師人生の終わりを予感しつつ、依然として佇む魔王城を見上げた。


「……つーか無駄にでっけぇし、すんごい禍々しいな」


 トゲに鎖になんの生き物か分からない骸骨。

 なんで停戦協定をしているのにこんなデザインなのか意味不明だが、やはりそこは魔王的なセンス故なのだろうか?

 まぁそれはどうでもいい。俺は自分が生き残る為に何か手を考えるのが先決だ。


(やり方は任せるって言われてるけど、どうやって魔王に取り入るか……だな)


 真正面から馬鹿正直に行くのはあり得ない。かと言って下手な小細工をすれば即殺され兼ねない。

 そもそもマルク大臣の話を無視して逃げようとも考えた。だが大臣の野郎も馬鹿ではないらしい。部下の魔法使いを使って俺に探知用の魔法をかけて来やがった。逃げてもバレて死刑は確定である。

 ならここは、ひたすら上手くやるしかない。

 正攻法とは言えないまでも、有り合わせの小道具を使ってとりあえず変装する事にした。


 ◆


「あの〜……誰か居ますかぁ?」


 趣味の悪い仮面、そしてボロ布を組み合わせた。

 呪詛師か悪魔神官にでも見えればいいと思ったが、もし即バレするなら速攻で逃げる算段だ。

 まぁこんな付け焼き刃の変装で誰が騙されるかなんて火を見るより明らかだが、とりあえず手がこれしかないので仕方がない。

 ビビりながらも、俺は魔王城の巨大な扉を何度もノックしてみる。その度にゴンゴンと分厚い鉄を叩く音が木霊した。すると呆気なくその扉は開き、中から巨大な土塊の巨人が現れた。


『ナンダ? ミナイ顔ダナ』

「あ、ええとですね。私は魔王様の配下に志願しに来た者でして、可能なら魔王様に御目通しを……」

『? 仲間ニナリタイノカ?』

「は、はい。そうです!」

『ワカッタ、ソコヲ通ッテ三階ノ部屋。ソコガ魔王様ノ部屋ダ』

「え!? 通っていいんですか?」

『仲間ニナリタインダロ?』

「え、えぇ! じゃ失礼しまーす!」


 微塵も疑われず、俺は城門を突破した。

 拍子抜けというか、あのゴーレムは門番として機能してないんじゃないのかって位に呆気なかった。いやまて、油断させて中で捕まえる算段なのかも知れない。気を抜いてはダメだ。

 緩みかけた気を引き締めて、俺は固唾を飲んで言われた通りの通路を進んだ。


 ◆


 道中はやはり魔王城だけあり、何処を見ても魔物だらけだった。しかし、掃除をする者や食事の配膳など、凡そ人間のそれとは変わらない風景が広がる。

 大きな通路の脇には、一段と目を惹く巨大な石像が立っていた。その姿は獅子を彷彿とさせる、如何にも魔王している御尊顔だった。頭から下は人間みたいだが、腕はパンパンに筋肉で膨れ上がっており鋭利な爪が恐ろしさを助長させている。なるほど、噂通りの風貌だ。

 足元には〝魔王ライオグラン〟の文字が刻まれている。こんなのが世界の半分を支配しているのかと思うと、人間側に勝ち目なんかないと思えてしまう。


(……コイツを騙すのか? いやいや、いやいやいや)


 あんな大袈裟な魔王相手だぞ? 俺の小手先の言葉が通用するのか? 即バレして頭から食いちぎられるんじゃねぇの?

 バッドエンドだけが頭を過ぎりつつ、それでも言われた場所へと足を運んだ。

 言われた場所には迷う事は無く辿り着けた。あの石像の文字もそうだが、通路に案内の看板がある辺り人間用に用意したものなのかも知れない。

 定例会は此処らしいが、それなら大臣から魔王についてもっと聞いておくべきだった。前情報があるのと無いのでは結果はぜんぜん違ってくる。

 後悔先に立たずと言うが、俺は今一度その言葉を飲み込み、目の前の豪華な扉をノックした。すると、押した訳でも無いのに独りでに扉は内側へと開いたのだ。


「お、おぉ!」


 まず、目の前のレッドカーペットが視界に入り、そしてその先の玉座に視線が釘付けにされる。


 豪華絢爛。


 一言で言えば呆気ないものだが、その玉座は金をベースに作られ宝石で装飾されていた。一体いくらするのかも想像出来ないが、そこに鎮座する魔王の姿に更に言葉を呑んだ。


「ん、なんだお前は? さては私の配下になりたい魔物か?」

(お……女!?)

「おいどうした、そんな遠くでは顔がよく見えない。もう少しこっちへ来い」

「は、はい! た……只今!」


 俺は声の主の機嫌を損ねない様、言われた通り目の前に進み膝をついた。


「私が魔王だ、よくぞ来た」

「あの……グライオン、様は?」

「なんだ知らないのか。父は既に亡くなっている」


 てっきりあの石像が魔王だと思っていたが、実はそうではないらしい。

 確かにこの女も獅子を連想させる獣耳とネコ科の目をしている。父親譲りなのだろう。身体については豊満な胸と露出の多い服に目が行くが、これはこれでシンプルに目のやり場に困る。

 とりあえずコイツが魔王の娘らしいが、あの強面の魔王を相手にするのに比べたらハードルは確実に下がった。

 そう思いつつ、俺は仮面の下で小さくほくそ笑んだ。


「ふむ、珍しいな。昨今は神官系の魔物は数も少なくなっていると聞いていたが。お前の名前は? 今までは何処で何をしていた?」

「は、はい! 私は悪魔神官“バーテル”と申します。ここより遥か北に住んでおりましたが、魔王様のお噂を聞きつけ、配下に志願した次第です」

「ほう?」

「私の両親はかつて魔王ライオグラン様に仕えさせて頂いておりました。故に私も魔王様に支える事を夢見て今日まで励んでおりました」

「おお、父上の配下だった者の子息とは。今は亡き父上に変わって礼を言っておくぞ」


 俺はつらつらと頭に浮かんだ適当な言葉を並べた。よかった、とりあえずは怪しまれていないらしい。


「なら自己紹介しておこう。私は魔王ライオネアだ。魔王ライオグランの一人娘にして、魔物を統括している現魔王だ、よろしく頼む。魔王城の皆からは〝姫〟やら〝魔王様〟やら〝獅子姫様〟と呼ばれている。好きに呼んでくれ」

「はッ……では魔王様と呼ばせていただきます」

「うむ! ではお前も今日から我が魔王城の住人として認めよう。そうだな……おーいリデア、このバーテルの部屋を見繕うのと、あと簡単な案内も頼む」


 魔王ライオネアは、側でグラスを片付けていた一体の魔物(風貌からして恐らくサキュバスだろうか)を呼び止めた。

 俺自身、生のサキュバスは初めて見たが、なるほど、噂通り裸に近い際どい格好をしてやがる。

 リデアと呼ばれたサキュバスは仮面の下で鼻を伸ばしていた俺に対し、城内の一通りの説明を兼ねてから部屋を案内すると言った。


「よ、よろしくお願いします」

「ええ、任されるわ♡」

「…………」


 何だ、含みのある笑みだぞ?

 そんな俺の心配を他所に、リデアはふよふよと低く飛びながら案内を始めた。


 ◆


「スゴイと思いませんここの魔王城。大きさもそうですけど、食べる物も敷地内で栽培しているんですよ」

「へぇ、それは凄い」


 リデアは見せびらかす様に城内の一角を飛び回った。そこには派手な色をした野菜やらが植えられている。中には人間が栽培しているのと同じ品種も多数見受けられた。


(あれ、あのトマト……どっかでーーーー)

「あ、着きましたよ。今日から此方をお使い下さい」

「!? ありがとうございます」

「では……あぁ、それと」

「はい?」

「……魔王様には内緒にしておきますので、後でちょっぴり〝吸わせて〟下さいね?」

「!?」

「ふふ、生の人間はいつぶりですかねぇ」


 それだけ言い残し、リデアはそそくさと帰って行った。

 思いっきりバレているが、成る程、サキュバスは男性の精気を吸うとされている魔物だ。上部だけの変装なんて無いに等しいのだろう。


(……ま、バレてても内緒にしてくれるならいいか。エロい夢も見せてくれそうだし)


 楽観的に考えつつ俺は案内された自室に入った。ソファーに腰掛け、辺りを見回して大きく息を吐く。

 中々に立派な部屋だが、ここに住む魔物の待遇は悪くなさそうだ。部屋には見たことも無い変なアイテムが転がっており、その中に悪魔神官が持っていそうな杖を見つけた。


「いいじゃんコレ、雰囲気出るし」


 山羊の頭を模した装飾を付けた杖。それを振りかざしながら俺は満更でもない気分に浸っていた。しかし、安堵していた俺だったが、不意に誰かが部屋をノックしてきた。


「は、はい。どうぞ」


 慌てたせいか、上ずった声で返事をするとゆっくりと扉が開かれる。なんとそこには魔王ライオネアが立っていたのだ。


「やぁバーテル、部屋はどうだ? 気に入って貰えたか?」

「そ、それは勿論です。私の様な新入りにこの様な部屋など勿体ない位です」

「なら良かった……しかしだな、魔物みんなが高待遇な訳ではない。これには理由が……まぁ簡単に言えば、お前に求めるものがあるから待遇が厚いのだ」

「……と、言いますと?」


 なんだ、全く話が読めないぞ?


「悪魔神官であるお前に求めるもの。それはだな、何というか……その、お前は〝頭は良いか〟?」

「……はい?」


 頭は良いか。

 うん、確かにライオネアはそう言った。なんだその頭の悪そうな言い回しは、と思ったが、とりあえず「はい」とだけ返事をしてライオネアの言葉を待つ事にした。


「それは良かった! 実は、大多数の魔物は……私含めてそこまで知能が高くないのだ」

「はぁ」


 なるほど、それはすごーく良く解る。


「それでだな、兼ねてより行っている人間側との定例会議の席。そこにお前にも同行して欲しいのだ」

「定例会議……ですか?」

「ああ、今は我々魔王側と人間の間には停戦協定が結ばれ、その会議以外では不可侵条約を結んでいるのは知っているか?」

「あ、はい(それ破って侵入したんだけどな)」

「その席で上手く立ち回っては貰えないだろうか? 私は人間ともっと友好的な関係を築きたいのだが、しかしアプローチが下手なのか中々取り合って貰えない」


(いやいや、友好的とかの前に人間サイドは潰しに掛かる準備してるし)


「頼めないか、バーテルよ」

「…………」


 ここにきてまさかの提案だった。

 しかし待てよ? これで上手く魔王の信頼を勝ち取れたとするなら一気に有利になるんじゃないのか? しかも人間との和平を求めているなら、怪しまれる事無く魔王軍の兵力も調べられる。

 なら、断る理由が無いじゃないか。


「わかりました。このバーテルが、魔王様の理想の為に人間との交渉の席に着きましょう!」

「そうか! ありがとうバーテル!」


 思いっきり抱きつかれたが、モフモフとプニプニの肉感に押し潰される。しかし魔物もおっぱいは柔らかいのか、覚えておこう。


「ではさっそく、一時間後にはマルク大臣がやって来て定例会議が始まる。その時にまた迎えに来るから、それまではゆっくりとくつろいでいてくれ」

「は、はぁ」

「お、その杖……気に入ったのか?」

「す、すみません勝手に……!」

「いや、その杖は感情が高ぶった状態で嘘を付くと音が鳴る呪いの杖だ。呪いと言っても音が出るだけで他に副作用は無いんだがな。お前の様な悪魔神官が持つとサマになるし貰ってくれ」

「あ、ありがとう……ございます。とても〝嬉しい〟です!」


『ビー、ビー、ビー』


「!?」

「あはは、無理はしなくていいぞ。捨ててくれて構わない」

「い、いえ……頂戴します」

「む? そうか。ではまたな、バテル」


 そう言ってライオネアは部屋を出て行った。

 え? 会議って言ってんのにこれまでの議事録的なものは見せて貰えないの? 下手すりゃそれも無いってレベルなのか?

 うむむ。

 安請け合いはしたが、魔物と人間のアレコレを懸けた場に前情報も無しに挑むのは無謀だろう。それに俺は詐欺師だ。賢いといってもそもそもベクトルが違う、〝ズル賢い〟だけなのだから。


「どーすっかなぁ」


 とりあえず、和平条約に絡んだ想定問答を頭に巡らせながら、俺は会議の場で切れるだけのカードを探る事にした。



 ◆



 きっかり一時間後、ライオネアは俺を呼びに来た。

 共に廊下を歩き、言っていた大きな部屋の前で立ち止まる。するとゆっくり扉が開き、長いテーブルの端には見知った顔が複数有った。


「やぁ、待たせてすまないなマルク大臣殿。それと兵の方々」

「いえいえ魔王殿、お気になさらず」


 マルク大臣は口元だけの笑みを浮かべてライオネアを見た。相変わらず含みのある嫌な笑い方だ。

 その傍らには、俺を拘束した兵士ーーーーあの髭面の奴もいる。なるほど、あの髭も王族直下の兵士だったのか。


「して、そちらの仮面の方は……」

「うちの新入りの悪魔神官バーテルだ。どうかこの会議に同席させて欲しいのだが」

「バーテル?……バーテル。ふむふむ、あ〜はいはい、問題ありませんとも」


 マルクは再びニヤリと笑う。

 早速、俺が悪魔神官を装っているのを理解したのだろう。名前のもじり方が雑な俺も悪いが。何はともあれ、俺はライオネアの隣に腰掛けると、とりあえずこの会議の進行を見守る事にした。


「えーでは、まずは我々の方からですが、前回提出した資料と変化点は御座いません。兵力も現状維持であり、特に目立ったものは無くーーーー」


 つらつらとマルクはでっち上げの情報を垂れ流している。しかし、ライオネアは終始笑顔でそれを聞いていた。

 こいつ、本当に馬鹿なのか? 人間を疑う事を一切していない気さえする。


「……では魔王殿、何かご質問はありますかな?」

「いや無いよ、私達の方もこのバーテルが加わった位だ。それより前に送った野菜たちはどうだった? ようやく収穫まで育てる事が出来たのだが」

「それはもう、民に振舞ってみましたが賞賛の嵐でしたぞ」

「そうか! なら今日も持って帰って欲しい。人間達の口に合って何よりだ」

「え? ああ……はは、それは有難いですなぁ」


 野菜?

 あぁ、リデアが見せてくれたアレか。しかし魔王城で栽培している野菜なんてーーーー。


(いや、待てよ)


 そういう事か、あの野菜は俺が貴族に売り払ったものだ。捨てられていた理由は恐らく、マルクが土産で待たされたのを廃棄したのだろう。見た目は少しグロテスクな気もしたが、俺も毒味で食ってみて味は確かだった。

 しかしマルクの奴は受け取っておいて捨てたのだ。コイツが魔物の作ったものを食うわけがない。


「………」

「さぁ、それでは我々はそろそろお暇させてーーーー」

「あの、少し宜しいでしょうか?」


 俺はピンと腕を伸ばした。


「どうしたバーテル? 何か質問か?」


 ライオネアはキョトンとした声を上げる。


「はい、あの〜マルク大臣。ここは一度、きちんと兵力の再確認と致しませんか? 兵士の規模は変わらずとも、引退入隊やらで兵士の入れ替わりもありましょう。人間の兵士には等級があると聞きます。訓練の練度も含みで、そこに差異が生まれるやも知れません。現在の兵士の力量をリスト化して提出して頂けると助かるのですがーーーー」

「む、それは……まぁ」

「代わりに此方も、把握出来る限りの魔物達の情報を掲示します。過去に人間が我々と対立していた時の〝危険度〟を目安にして一覧を作成しましょう。これで互いのバランスはある程度は目に見えてきます。勿論、この調査は手間も有りますし〝毎回〟ではありません。今回ばかりは少し踏み込んで調査してみては如何でしょうか?」

「う、ううむ。それは……まぁ、出来なくは無いが……」

「ではお願いします。これはきっと、我々にとって必要な作業ですよ……マルク大臣?」


 俺は含みを持たせた言い回しでマルクを仮面越しに見た。奴は俺の言い回しに含まれた副音声を理解したらしい。


「ええ、ええ。それもそうですね。我々はもっと互いを知るべきでございます」

「では、よろしくお願いします」


 マルクは頭を下げ、兵を引き連れて帰って行った。


「ふむ、よく分からないが話は纏まったのだな。さっそく助かったぞバーテル」

「いえいえ」


 第一関門は突破でいいだろう。俺は即座に、これからのスケジュールを頭の中で組み立てた。



 ◆



「……ふぅ」


 マルク達が城を去り、ガランとした会議室で大きく息を吐いた。一難去ってまた一難とはまさにこの事だ。ライオネアはそんな俺を見てポツリと零した。


「なぁバーテル、少し聞いていいか?」

「何です、魔王様?」

「さっきのはどう言った意図があるのだ? マルク殿は兵力に関しては何も変わって無いと言ったのだぞ?」

「ああ、ええとですねぇ」


 ダメだ、コイツはまるで分かって無い。


「あの魔王様、人間を信じすぎるのも限度があります。もし万が一、人間が秘密裏に兵力を蓄えていたらどうするおつもりですか?」

「はは、そんな事がある筈は無い。我々の関係は友好的に進んでいる」

「…………」


 この姫魔王の頭の中はどうやら見てくれ通りのお花畑らしい。

 何処が友好な関係だ。送った野菜は尽(ことごと)く捨てられ、兵力は密かに増幅している。この愚かな魔王はのほほんと破滅の道を歩んでいる事に全く気付いていないのだ。

 恐らく俺がこの魔王軍の勢力をマルクに伝えれば、準備が整い次第にここは攻め落とされるだろう。

 いくら魔族は力が強くとも人間には知恵がある。魔法なり兵器なり、魔族とやり合う方法なんて幾らでもあるのだから。

 しかし、俺はふとした疑問をライオネアにぶつけてみた。


「あの、魔王様。なぜ貴女は人間にそこまで友好的にするのですか?」

「ん? 何故と言われても……人間が好きだからとしか言えないが」

「いやいや、何で好きかを聞いてるんですよ」

「? 同じ世界に生きる者同士、相手を好きになる事はおかしいか? 私は争いが盛んだった時の世界情勢には疎いが、少なくとも私は人間が好きだ」

「それは……」


 何故だ、何故そこまで言える?


「まぁ、魔王と人間となれば過去の争いの蟠(わだかま)りもあるだろう。だがそんなものはもう過去の話だ。私達はきっと、共に生きていける世界を作れる。停戦協定の次はこの分断された大地の垣根を無くし、更なる友好関係を築いていきたいと私は思っている」

「…………」


 やめろよ、そんな真っ直ぐな目で俺を見るな。

 魔物と人間の垣根を無くすだ? そんな絵空事を大真面目な顔で話すライオネアを俺は直視出来なかった。

 人間なんてもんは相手を陥れる事に執着する生き物だ。そもそも俺だって人を騙して生活の糧としているの。

 これじゃあどっちが魔物なのかわかったものじゃない。


「どうしたバーテル? 腹でも痛いのか?」

「!? ……い、いえ。何でもありません! それよりマルク大臣へ提出する資料の作成をしたいのですがーーーー」

「あぁそうか、私は何をすれば?」

「まずはこの城の魔物達を招集して下さい。後はここの管轄外の野良の魔物の状況が分かれば大丈夫です」

「分かった、少し待ってくれ」


 ライオネアはそう言うと、大きく息を吸って雄叫びを上げた。


「うわッ!」


 空気が震え、その咆哮は城の中を瞬く間に突き抜ける。そして部屋の外には、大勢の魔物達が一縷(いちる)の乱れも無く整列していた。


「さぁ、これで城の魔物達は集まったぞ」

「あ、ありがとうございます(耳潰れるかと思った……)」


 俺は模造紙とペンを手に取り、部屋を出て整列した魔物達をリストに纏める事にした。


 ◆


 俺は魔物達をリスト化し、会議室は再び静寂に包まれた。

 種族は様々だが、この城の中には合計256体の魔物が住んでいた。もちろん俺とライオネアも勘定済みである。

 しかし、大変なのはこの後、野良の魔物達だ。


「あの魔王様。そもそも野良の魔物の管轄はどの様に行っているのですか?」

「ん? なんだバーテル、野良だったお前がそれを知らないのか?」

(やっべしくった、普通に質問しちまった……ええと)


 慌てて咳払いをする。


「じ、実は私は少々訳ありでして……一介の魔物とは些か異なる環境で生活しておりました。話せば長くなるので詮索は遠慮していただきたいのですが」

「? そうか、よく分からんが大変だったのだな」

(……セーフ)

「城の外にはな、土地ごとに管轄する魔物が存在しているんだ。人間と分けた半分の土地を五つに分断し、私と幹部クラスの魔神四人で管轄している」

「あ、じゃあ野良と言いつつもその魔神の管理下にある訳ですね?」

「そうだ、そいつらも野性味溢れる奴らが多いからな。まぁ私も例に漏れずその類だが。とりあえずそのリストを作るなら管轄者である魔神達を回ろう。バーテル、私の背中に乗れ」

「え!? せ、背中にですか?」

「うむ、早くしろバーテル」

「じゃあ……し、失礼して」


 俺はオドオドしながらライオネアの背中に乗った。

 体毛がくすぐったいのと、そもそも女に背負われるという事に違和感を覚える。しかしライオネアは一切気にする事は無く、腰を深く落として駆け出した。

 先に言っておくがここは三階だ。

 会議に使った部屋の窓から飛び出すと、高低差など度外視した跳躍からダイナミックに着地し、そして砂煙を巻き起こしながら大地を駆けていく。

 俺を背負っているのを忘れているのではないかと思う程、ライオネアは凄まじい速度で走った。獅子を彷彿とさせる外観を裏切らない走りに、俺は振り下ろされないようにするだけで精一杯だった。


「あっはは、風が気持ちいいだろうバーテル!」

「ま、ままままま魔王様、は、速すぎますよぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」

「風と一体になってる気がするだろう? 私はこの感覚が大好きなんだ!」

「あばばばばばばば!」


 仮面越しにかかる風の圧と勢いの暴力に、走っている間は生きた心地がしなかった。


 ◆


 結局、俺はライオネアに背負われたまま魔神が統括する土地を巡った。

 一癖も二癖もありそうな連中だったが、ライオネアに対する忠誠は確かなものらしく、その関係は傍目から見ても良好だった。

 これじゃ人間側のギスギスした腹の探り合いが如何に愚かなものかと思い知らされる。そんなもの、とてもじゃないがライオネアに見せられたものじゃない。

 結果的に魔物側の戦力状況は容易にまとめることが出来た。


 マルクに説明した通り、俺はギルドのクエスト基準に準えたD〜Sにランクを振り分けてみた。やはり魔神以外の魔物は数こそ多いが、俺が見てもそこまでの脅威では無いと思う。

 だがしかし警戒すべきは魔神クラス。奴らは持っているオーラが違った。

 そこで俺は一つの疑問を抱く。


「あの、つかぬ事をお聞きしますが魔王様」

「ん?」

「魔王様の実力……ランク付けはどうしましょう? 容易に測るのは無理ですよね?」

「測ると言われても……私は魔法は使えない、肉弾戦だけが得意だ。そして腕力はーーーーこれは見たほうが早いか」


 ライオネアは周りを見渡し、聳え立つ崖の前に立った。そしてその表面を撫でると、「この硬さなら手頃かな」と言って拳を握りこんだ。そして、すっと息を吸って、空気を切り裂くような速度で拳を振り抜いた。


「ーーーー獅子咆絶破!!」


 拳が崖に沈み、その刹那に崖が真っ二つに叩き割られる。轟音を鳴り響かせながら、聳え立っていた崖は瞬く間にただの岩塊へと姿を変えた。


「…………」

「どうだ? 今ので二割といった所だ」

(嘘だろ……まじで化け物じゃねえか)


 気の利いたコメントもできず、俺はライオネアに“SSS”のランク付けをして本日の仕事を終えた。


 ◆


「さってと、次はマルクの野郎に報告しに行かねぇとな」


 明日までに報告書を纏めるとライオネアに伝えた。

 そして俺は部屋に戻ると、窓からこっそりと魔王城を抜け出し、詐欺師バテルとしての仕事に戻る為に街へと向かう事にした。


(しっかし、変な魔王だったな)


 あのマルク相手でさえ終始笑顔を絶やさないライオネア。その姿を見ていると、今俺がしている行為がとても後ろめたく思えた。


 相手を信じる。


 それはお人好しの行為であり、愚かな行為だと俺は思っていた。詐欺師からすれば相手を貶めるの為に付け入る最大の隙であり、好都合な思考そのものだ。

 だが考えてみろ、俺が騙してきた連中はどうだった? そう、奴らは私欲で富を得た連中だった。

 しかしライオネアは違う。アイツは確かに魔物であり魔王であるが、俺が騙してきた連中とは全く別である。真っ直ぐに、愚直に、馬鹿らしい程に人を信じすぎている。


「…………」


 様々な考えが交錯しながらも、それは纏まることは無く、俺は街へとついてしまった。悶々としたまま燻(くすぶ)った気持ちが歯痒い。


(詐欺師が何考えてんだよ、阿呆らしい)


 俺は調べ上げた資料を持って城へと向かった。



 ◆



「おいバテルよ、さっきの会議は良くやってくれた。一気に腹を探るキッカケが出来た」


 開口一番がそれか。


「今までが雑過ぎんだろ。アンタらがあの魔王を舐めすぎているから牽制してやったんだよ。この杖だってアイツらの所持品だが、嘘を見抜く能力のあるアイテムだ。手の内はまだ計り知れない」

「そんなモノまで隠していたか……しかしバテルよ、口の聞き方には気を付けたまえ。お前は大臣の私にそんな口を聞くのか?」

「……モウシワケゴザイマセン、マルク大臣サマ」

「ふん、まぁいい。それより戦力の調査はどうなった?」

「それなら終わったーーーーいや、終わりましたよ。これがそのリストです」


 俺はマルクに出来立てのリストを手渡した。奴はそれを乱暴に奪うと、穴があくんじゃないかと思う程に見つめ、そしてあの下品な笑みをこぼした。


「ふひひ、成る程。これなら何とでもなる」

「いや、そこにも書いてますけど魔神と魔王は別格ですよ。流石に人間の勝てる相手じゃない。あの魔王の言う通り、和平の道も悪くないんじゃないですか?」


 あれ? 俺なんでこんな事言ってんだ?


「くく、バテルよ。お前は少し我々の軍事力を舐めているぞ。魔神の所在地、そして魔王の〝弱点〟。必要なピースは全て揃った」

「何かあるのかーーーーあ、いや……あるんですか?」

「弱点として魔王は火に弱いとあるが、どうやら我々には勝利の女神がついているらしい。密かに進めていた魔物殲滅の切り札がまさにそれだ」

「……切り札?」

「バテルよ、お前は魔王城へと戻り、なんとかして明後日に魔王を〝アラク平野〟へ誘きだせ。流石に魔王相手には〝直撃〟させなければならないからな」

「……和平の道は、無いんですね」

「魔王の居ない世界、それが人間にとっての最大の〝和平〟だ」

「……そうですか」


 くそ、ダメか。


「では頼んだぞバテル、成功の曉にはお前にも貴族の地位を与えてやろう。姑息な詐欺などせずとも、女に金に困らぬ生活が待っておるぞ」


 それだけ言い残し、マルクは執務室へと戻って行った。


「最大の平和……か」


 俺はそう呟き、手に持った仮面を見つめた。


 ◆


 魔王城。


「おぉバーテル、あれから調査の方はどうだ? 何か困った事があれば協力するぞ?」


 こっそりと城に戻り作業終了を装いながらライオネアを訪ねた。俺の心配もお構いなく、ライオネアは魔王城の庭で楽しそうに野菜達に水を与えていた。


「何も問題ありませんよ」


 俺はそれだけ言うと、ライオネアの隣に立って水やりを見守る。


「そうか、それは良かった」

「…………」


 鼻歌も交えながら、ライオネアは一面に広がる野菜畑を見渡した。


「なぁバーテル、わくわくしないか? もうすぐ私達と人間の垣根は無くなろうとしている。過去の怨恨も消し去って、互いに手を取り合う素晴らしい世界が待っているんだ」

「…………」

「そこで、だ。私は人間の〝友達〟を作りたいと思っている。世界が平和になれば魔王などという肩書きは必要ない。父上から引き継いだこの地位でもあるが、やはりこの〝魔王〟という肩書きが人間達との溝を深めているのだと感じてしまう」

「……魔王様は凄いですね」

「うん? まぁ腕力には自身があるぞ?」

「……ふふ、違いますよ」


 ライオネアの透き通った瞳を真っ直ぐに見て、俺の中で決心が固まった。


 ◆


 某日『アラク平野』


「……おやおや、これはどうゆう事かな?」


 マルクは大量の兵士を連れて平野の小高い丘に立ち、蔑んだ目で俺を見下ろす。

 俺は仮面と杖を持って、〝悪魔神官バーテル〟として此処に立っていた。


「どうもこうも、見ての通りだ」

「見ての通り……それはつまり」

「俺はーーーー」


 腹を決めた俺は、それを口にしようとした。だが、その時だった。


「やぁ、マルク大臣。私に要件とは何だ?」


 突然、俺の背後からライオネアの声が響いた。振り返ると、なんとライオネアは配下も連れずに単独で歩いてくるではないか。


「ま、魔王様! 何でーーーー」

「バーテル」

「は、はい」

「……ありがとう」


「え!?」


 突然、ライオネアは俺を掴んでマルク達のいる方向へと投げ飛ばした。俺はマルクの後方に投げ出され、ライオネアの足元へと杖が転がった。

 俺の体躯は一般的な男性と比べると痩せ型ではあるが、それでも軽々と投げ飛ばされるなんて予測も出来なかった。

 結果的に俺はマルクの後ろに落下し、全身を打ちはしたが怪我らしい怪我も無かった。マルクはそんな俺を一瞥すると、視線を戻して背後の兵士に向けて号令を出す。


「……今だ、構えろお前達!」


 マルクの掛け声に、兵士は見慣れない棒状の道具を手に取り、それをライオネアに向けた。


「対魔王用火炎魔法『メギドフレイム』……これはそれを生み出す装置だ。これを連れてきた兵士全員に持たせてある。その数ゆうに200、魔王とて生きては帰れまい!」

「やめろ! やめてくれ!」

「絆(ほだ)されたかバテル? 魔物風情に情けない事だ」

「ーーーーッ、俺は!」


 痛む身体を無理やり起こしライオネアの元に駆けようとした。しかし、ライオネアは俺が落とした杖を手に取ると、駆け寄る俺にそれを向けて無言で制した。


「!? ……なんで」

「バーテル、いや……今はバテルでいいのか?」


 俺の正体を見てもなお、ライオネアは声色を変えずに言葉を紡いだ。


「私はお前の正体に気付いていた。そして、お前を利用して人間を貶めようと考えていた」


『ビー、ビー、ビー!』


「私は人間が大嫌いだ。奴らは私利私欲にまみれた、汚い存在だと心底思う」


『ビー、ビー、ビー!』


「そんな汚い存在が世界の半分を支配しているなど、腹立たしい以外に何もない。いっその事、滅ぼして支配しようと裏で画策していたんだ」


『ビー、ビー、ビー!』


「本当に……私はーーーー人間が嫌いだ」


『ビーーーーーーーーーーー!!』


「撃てぇえええええ!」


「ライオネアぁぁぁぁぁあああああああ!!」



 小さく窪んだ平野は、瞬く間に炎の海と化した。

 吹き荒れる熱風だけで焼け付く熱さに目を顰めるが、その炎の中で悶える影が見えた。


(ライオ……ネア)


 マルクの号令で兵士達は魔法の生成をやめた。すると、吹き荒れていた炎はピタリと影を潜め、豪炎の海は一瞬で枯れ上がった。


「ふん、跡形も無く消し炭となったか。後は魔神供のいる土地へ攻め込めば完了だな。帰るぞお前達」

「はっ!」

「バテル、お前も戻ってこい。先の行動には目を瞑ってやる、貴族の地位もくれてやろう」

「…………そんなもの、いらねぇ」

「ふん、ならこれからも、薄汚い詐欺師として生きていくといい」

「…………」


 煤(すす)けた匂いに包まれ、俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。


 ◆


 5日後。


 俺はアラク平野の中央、火の海と化していた場所に花を手向けていた。

 結局、あの件以来魔物達は何処かに姿を消していたらしい。魔神討伐に向かった兵士達は、結局何も成果を残せずに帰還したと聞いた。


「なぁ、ライオネア。あれってお前が身を呈して逃したのか?」


 俺は返事もない花に向けて言葉を投げた。


「つーか、お前全部分かってたのか? 俺が人間で、マルクのクソ野郎の手先だってのも」


「…………」


「……なぁ、何か言ってくれよ……なぁッ!!」


 地面に拳を叩きつけ、やがてじんわりと血が滲む。やり場の無い怒りと虚無感だけが、俺の中で渦巻き、そして溢れかえった。


「ごめん、ごめんなライオネア……俺は、俺はーーーー」


 俯く俺の上から影が差した。


「俺は、どうしたんだ?」

「!?」


 俺は振り返り、その声の主を探った。

 その聞き覚えのある、楽観的な中にも芯のある声の主を。


「どうした? せっかくの男前が台無しだぞ?」

「ライオネア!? ど、どうして!」

「簡単な事だ、私は母上から受け継いだ能力で〝相手の心の中が読める〟んだ」

「……は、え? じゃ、じゃあ」

「全部、分かっていた。だからあの焼けた様に見えていたのは私に見立てた人形で、咄嗟に入れ替わっていただけなんだ。生憎と足の速さには自身があるのでな」


 ライオネアは笑みを絶やさないまま、俺の元に歩み寄ると隣に座り込んだ。そして俺が手向けた花を一輪手に取ると、その香りを楽しみながら続ける。


「うむ、詐欺師を騙せるとは私も中々だな」


 太陽の様な笑みを浮かべ、そして目を伏せた。


「しかしどうしてだろうな。種族間の違いとは、私が思うより深刻なものらしい」

「……それは、仕方がない事だろ」

「かと言って、私は諦めたくは無い」

「あれだけの事かあってもか?」

「あれだけの事があってもだ」


 ライオネアは即答した。


「それでも私は諦めたくは無いし、仮に私の代では無理だとしても、いつかは実現させたいと思っている」


 遥か彼方を見つめる。その瞳は強く、ひたすらに真っ直ぐだった。


「ライオネア……お前」

「だからバテル、覚えておいてくれないか? 本気で人間との平和を望んだ、愚かな魔王がいた事を」

「お、おい……お前はどうするんだよ!」

「人の寄らない未開の地を見つけた。魔物達は既にそこに移住させている。不自由はあるかも知れないし、今までより過酷な生き方を強いられるだろう。だがこれも、将来に向けて必要な事だ」


 ライオネアは立ち上がり、土埃を払うと背伸びをした。金髪が陽の光に照らされ、それに負けない程、煌びやかな笑顔を俺に向ける。


「では元気でな、少しの間だったが……楽しかったぞ、バテル」


 差し伸べられた手。俺はそれを握り返すと、ライオネアは再びニカッと笑った。


「お前の様な人間が増えれば未来は明るいだろうな。これは私からの提案だが、お前はもう詐欺師はやめて真面目に働く事を勧める。お前は優しいからな」


 繋いだ手からスルリと力が抜け、やがて指先が離れる。


「……馬鹿野郎、詐欺師なんてもうやらねぇよ」

「そうか」

「だがな、俺はーーーー」


 俺は離れたライオネアの手を掴み、懐から仮面を取り出した。


「バテル、お前……」

「詐欺師はもう辞めだ。俺は今日から〝悪魔神官バーテル〟ですよ……魔王様」



 〜Fin〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る