(五) 帰省
久しぶりの帰省に、俺の身体はボロボロだった。飛行機から降りようもんなら汗が滝のように流れ出し、ニ歩三歩で立ちくらむ。こっちはどうしてこんなに蒸し暑いんだ。
「彼女もそう言ってたよ」
俺に迎えの車を寄越してくれたのは、おじさんだった。白ワゴンは相変わらず汚くて、変な匂いがする。そして、フロントガラス前の例の鱗が、爛々と輝いている。
「馴れ初めとか聞いていいの」
「秋田の旅館の、若女将さんだよ」
「だいぶ年下だよね」
「兄貴からは、遺産目当てじゃないかって言われたよ」
「俺も親父に賛成だよ、若すぎる」
「でもね、歌が上手いんだ。俺の世代の歌をよく知ってるんだよ」
「計算高いんだよ。そうじゃなきゃ」
「そうじゃなきゃ?」
例の鱗に目が留まる。
「......まさか、人魚だって言うのか」
叔父さんが、やけに優しい声音で問い詰める。俺は言葉が見つからず、ただシートによっかかって、反対車線に目をそらす。
その沈黙を破ったのは、叔父さんの笑い声だった。
「あーお腹いてえ」
「ええ?」
「まさかお前、まだ信じてたのか」
鱗を指差す叔父さんは、心底おもしろそうにして、一人勝手に引き笑う。
「人魚だって、信じていたのか」
「当たり前だろ!!」
「あー、そっか。そうなんだな、そうかそうか」
笑い声は徐々に萎んでいく。そうして叔父さんは、信号を待つ隙に、愛おしそうに鱗を撫でながら、
「ありがとうな」
「なにがだよ」
「あの日のお前がいなかったら、きっとこうはなっていなかった」
「なんだよ、人を小馬鹿にしておいて」
「馬鹿になんかしてないよ」
「でも嘘ついただろ?」
「嘘か」
とにんまり笑い、そして、
「本当だよ」
と続けた。
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