(三) 白のワゴン

 白のワゴンは、2人を乗せて海を目指した。


「これ、綺麗だろ」


叔父さんは、バックミラーに吊られたギターピックのようなものを指差した。


「彼女の鱗なんだよ」

「……まさかあ」

「最初の冬に、様子を見に行ったんだ。そうしたら凍った川の上、雪の中にこいつがあった。あの年は妙に吹雪いたから、きっとどこかに避難したんだろう」

「だったら、川の中にあるんじゃないの。人魚なんだろ」

「......確かにな」


遠くの波は幅広く、先程のせせらぎより壮大に見える。


「もし幻覚だったとしても、それでいいんだ」

「どうして」

「別にいいだろ」


 海は穏やかで、川淵よりも尚涼しく感じた。俺は流石に気疲れして、ワゴンから叔父さんを眺めるだけにした。叔父さんは釣具を抱えたまま、ズイズイ淵まで進んでいく。その目はエネルギッシュに燃えているけれど、獲物を待つ後ろ姿は、どこかで見た墨絵のように穏やかだ。


俺はスマホで、この沖で取れる魚を調べ始めた。しかし出てくるのはカタカナばかりで、写真が欲しい。チヌ、クロ、メバル、アジ……ああなんだ、イカとかタコまでとれるんだ。そりゃそうか、海だもんな——。


 「えっ」


 俺は思わず、声に出して驚いた。やけにデカくて、特徴的な魚......にしては鱗がカラフルで美しく、そして部分的に白く、全体的に柔らかそうな何かが見えた気がした。慌ててページを遡り、上にスクロールして、被写体の正体を確認する。


それは、ハヤブサだった。ハヤブサ目ハヤブサ科ハヤブサ族の鳥類。メスの体躯は46-51cmにもなり、捕食時はこの写真のように、獲物である魚を水面にたたきつけて捕らえたりもする。頭の毛色が黒いのもあって、どうやら俺は人に空目したらしい。


 俺はスマホを片手に、身を捻って例の鱗を確認した。鱗と言われたから鱗に思えたけれど、こう見るとそれが羽のようにも思えてくる。しかし羽にしては硬く、そしてやっぱり水を弾く素材だ。


「気になるのか?」

「おお、ああ、うん」


叔父さんがクーラーボックスを持って、俺の後ろに立っていた。


「明日も来るか」

「あー…」

「いや、いいよいいよ」


朝早いからなぁ、と頭の汗を拭きながら、叔父さんは助手席のドアを開ける。そこに座らされるクーラーボックスは、このワゴン車に乗せられるのが不愉快そうなくらいに、混じり気ない白一色の、新品そのものだ。


「いつでも気が向いたらでいい」

「そんなに好きなの?」

「落ち着く場所なんだ」


そうじゃなくてとも言えないまま、波音と日照の中で、白ワゴンは走り出す。窓から入り込む潮の香りは、今でも無性に思い出される。

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