- 三幕 -

ジャッジメント

自分のマンションに戻って数か月後、お母さんから連絡が来た。曰く、妹が登校を再開したらしい。それはそれでめでたいことだけど、じゃあ例の同級生たちがどうなったのかというと、なんでもあの後に数人が行方不明になってしまって、それっきりなんだと言う。


『よかったね』


カマかけであり、また純粋な本音でもある労いの言葉を、妹に送りつけた。そうしたら数分後に『うん! 毎日が幸せ』という元気いっぱいの返信が来て、更に追って、剝き出しの歯で「ニシシシ」笑うキャラクターのスタンプが送られてきた。


こんなの、私には死んでも出来ない振る舞いだ。改めて感心する。


 私は浴槽にお湯をためながら、買い溜めたカッターの一つを左手に取った。こっちの手の不慣れで安定しない感じが、最近の好みだ。こんなことにマンネリを警戒するだなんて、自分は本当に暇なやつなんだと思う。


 なんというか、「生き残りはサイコパス」というのも案外事実なのかもしれない。アイツも昔言っていた。「死にゆく人たちは皆、善悪のジャッジメントに夢中になった末、それでも何も変わらないと気づいたから死んでいくんだ」と。確かあれはとあるお昼時、ゼミの友達数人とアイツと私の計五六人で、食堂のテーブルを囲んでいた時のことだ。箸を持つアイツは、カツ丼のカツを器用に一口サイズへ切り分けながら、気味悪くにやついて、


「これは持論だけどね。きっと何もかも、下らなくなっちゃうんだよ。生きていたって死んでいたってくだらない。不幸も幸せも全部がくだらないと、考えるようになるんだよ」


「『“変わらない”ことに、絶望する』ってこと?」と首を傾げるのは、1年後に失踪したショートカットの彼女。


「いいや。好きの反対が無関心だと言うように、生の反対は死でなく、無だね」


それに「中二病っぽいな」と肩をすくめる、昨年捕まったらしいラグビー部主将の彼。


「そう思えているうちは幸せ者だね。おめでとう」


「他人事じゃん。もしもこの中で自殺者が出たらどうすんの」と、この翌日自殺したゼミリーダーの彼女——あれ、そうか。そういえば、ここで反論したのは私だ……悪いことをした。


「他人事でいいんじゃないの。他人事にしていないと、耐えきれないよ。全部が自分事になったなら、その時点で私なら死んじゃうよ」


その後しばらく場が沈黙してから口を開いたのが、今度こそアイツだ。その声も、今となってはハッキリ思い出せないけれど、でも言った内容は覚えている。


「まあ本当のところは、死にたくなってからじゃないとわからないけどね」

 

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