*


 「ねえ、あの子見てきてよ」


お母さんが後ろから、私の肩をつっついた。少し見なかったうちに、白髪が増えている。


「うーん」

「あの子、昨日までは喜んでたんだよ。久々にお姉ちゃんに会えるって」

「なんていえばいいのか分かんなくて」

「明日になったらまた仕事なんでしょ。次にお休み取れるの、いつになるの」


 ぶつくさ言いながら私は腰を上げた。私から妹にかけられる言葉なんて何もない。それはお母さんも、妹だってわかっているはずだ。もし顔を見せるだけ、雑談するだけで変わるところがあるにしても、それはそれで私が会いたくない。そういうのが一番怖い。


私がドアをノックすると、これはオーク製なのかどうか、深い響きが向こう側で広がってから、「ん」という力ない返事が聞こえた。


「久しぶり」


困り眉で投げかける言葉じゃなかったな、と反省しつつ、妹の部屋を見渡す。優しいアロマの香り。意外なことに、一面よく整頓されている。


「……ドア閉めて」

「うん」

「元気だった?」


うん、と相槌しながら、今度は妹の全身を眺めた。明るい茶髪のポニーテールはよくとかされていて、前髪の触角は、迷うことなく真っすぐ重力に従っている。デニムのショーパンに、高校のジャージ。引きこもりという言葉が全く似合わないほどに、清潔な印象だ。


「このジャージ着てたの」

「え?」

「体育、見学しててさ。ナプキン取り替えにトイレ行ったら、囲まれちゃった」

「……」

「ラッキーだったよ。結局あいつらびっくりして、逃げちゃったもん。一応一人だけ『俺分かってっから』みたいなやつがいたけど、そいつも顔近づけた途端に梅干しみたいな顔をして」

「もういい。やめて」

「やめないよ。私はお姉ちゃんとは違う。逃げない。自分を傷つけるだけ傷つけて、それで幸せみたいな卑怯な真似、絶対にしない。そんなの不健全で、めちゃくちゃ気持ち悪い」

「うん」

「うんじゃないでしょ⁉ 恥ずかしくないの⁉」

「恥ずかしいよ。でも死ぬよりはマシだから」

「ありえない。ありえないよ。じゃあ今すぐここで、その絆創膏取ってみせてよ。私も脱ぐよ。指の痣がまだ残ってるの。あいつらに掴まれてついた痣、三か月も経ってんのに全然消えない痣」


 半裸になった妹を、脇の下から持ち上げるような姿勢で抱きしめる。

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