第13話

 君野梨歩は、迅速に指示を出した。『学び直し』た人間たちは従順に、『ミズカラ』を退けながらも、少しずつ後退を始める。レジスタンスたちも君野の意図をはかりかねていたようだが、やがてそれに従い始めた。

 君野梨歩に支えてもらいながら、私は灯台へと進む。

「さっき『水脈』で、桜庭さんに会ったわ」

「えっ」

 彼女が渇望していた桜庭さんとの再会を、私が果たしてしまったわけである。だが、これを伝えておく必要があった。

「あなたの推理どおり、彼は『戻ってきた者』だった。そして、何者かに消されかけた。でも、彼は『水脈』で生き延びていた――」

 君野梨歩から返事はない。きっと、まだ頭も感情も整理できていないに違いなかった。

「だから、必要な設備さえ整えることができれば、またあなたも桜庭さんに会えるはずだと思うわ。幸運を祈ってる」

 これが私の遺言であることを、彼女も気付いているはずだ。

 港青年の死体が転がっている。

 上半身と下半身が見事に引きちぎられていた。この男も、国に利用するだけ利用された、哀れな存在だったのかもしれない。

「ここまででいいわ」

 私は、君野梨歩を遠ざけ、港青年の服を探る。案の定、予備の爆弾が見つかった。彼のことだ、必ず用意してあると思っていた。

 引き付けてから、『ファーザー』を爆破する。おそらくは、私もろとも。

 私よりも前方で闘っていた人間たちが、後退して私を通り過ぎた。レジスタンスたちが、怪訝な顔で私の方を見る。彼らを失うわけにはいかないのだ。

 ずしん、と嫌な地響きがして、『ファーザー』が私の前に立った。『水脈』で出会った人間だと気付いたのかどうか、私に興味を抱いたらしい。しげしげと見下ろした後、片腕を伸ばしてきた。

 大人しくつかまれてから、やつの手の中で――可能であれば口の中で――爆発を引き起こせばよい。親玉を失った団体は逃げ帰ると相場が決まっている。

 巨大な手が私の前で一度止まる。つかまれたなら、全身がすっぽり収まってしまうだろう。握力は想像もつかないが、握られた瞬間に臓器がつぶれるくらいのことはあるかもしれない。

 レジスタンスたちが後方でざわめいている。松井が私のもとへ駆け寄ろうとしているのを、梶や白井が止めているらしい。

 一瞬、すべての音が消えた。

 君野梨歩のつぶやきだけが、私の耳に届いた。

「助けて、桜庭さん」

 海面を突き破って、巨大な腕が現れた。

 それは、金属でできているようだった。真っ黒な鋼鉄。幾重にも重なり合い、絡み合った針金。ドリルのように高速で稼働する、無数の歯車とピストン。

 機械の腕だった。

 腕だけで、それは『ファーザー』の巨体すら凌駕していた。

 またたく間に、『ファーザー』をつかみ、海中に引きずり込む。

 ギョオオオオ、というくぐもった断末魔が聞こえた。

 さらにもう一方の腕が突き出された。

 海面に、大きな波が起きる。

 机上の埃を払うように、機械の腕は『ミズカラ』たちを薙ぎ払った。

 一瞬にして、相当数の『ミズカラ』たちが水へと還る。

 捕まったばかりの『ファーザー』が、逃げ出したのか、海面へ今一度顔を出す。しかし、機械の両腕が再びそれを捕まえ、しっかりと両手の中へ挟み込んでから海中へと引きずり込む。

 激しく波打った海面が落ち着く頃、残っていた『ミズカラ』たちも、水中へと還っていった。

 海岸には、君野梨歩の周りに整列した『学び直し』た者たち、唖然としたレジスタンスたち、そして、私だけが残された。

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